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入試問題を通して、大学が受験生に求めているものを考える - 妹尾 真則 講師(英語)

英語講師  妹尾 真則

〈本日は、京都大学や名古屋大学の入試英語対策を長年担当されている妹尾真則先生に入試問題についての知見を示していただき、それをもとに入試問題の研究方法や生徒への指導方法についてお伺いできればと思います。〉

― 京都大学と東京大学の英語の入試問題にはどのような違いがあるのでしょうか。

  • 東京大学は比較的難度の低い短い問題を大量に出題して、すばやく解くことを受験生に要求します。それに対して京都大学は、長く重厚な問題を少数出題してじっくり解かせます。京都大学は英語に関してですが、相対的に見て日本で最も難しい問題を出題している大学であり、数年に一度は大手予備校が公開している解答速報でも答えが分かれてしまうほどです。もちろん、東京大学もたとえば2016年度の要約問題のように、きわめて難度の高い問題もたまに出します。この問題は多くの予備校の解答速報や市販の解答が正解を出せていません。僕はその年の『東大・京大・名大入試研究会』でその問題について詳細に解説しました。しかし東大でそのような難度の高い問題が出題されることは、京都大学に比べて頻繁にはありません。

― 京都大学では非常に難しい問題が出題されるのですね。妹尾先生の印象に残っている問題を挙げていただけますでしょうか。

  • インタビュー風景2016年の第1問では米国のChimayoという場所にある穴についての問題が出題され、その中でも(2)が難問でした。『下線部(2)の中の“the middle”と“the margins”は、それぞれ具体的にどのようなことを指しているかを、新大陸発見の事例を用いて、それぞれ日本語60~80字で述べなさい(句読点を含む)。』という設問です。
    新大陸発見の事例については本文最後の2つの段落で言及される一方で、“the middle”や“the margins”については主に本文の前半を中心として本文全体で扱われているため本文を広く読んで解答を作成する必要があります。また、単に事例を説明するのではなく、事例を用いて“the middle”や“the margins”について説明することが求められている点に注意が必要なのですが、代ゼミの解答速報以外の世に出た解答はすべて事例の部分を要約しているだけでした。
    本問では、該当する下線部の“the middle”や“the margins”の部分に正解を代入すると意味が完全に通る文章ができあがります。一方で、誤答を当てはめるとまるで意味が通らない文章ができあがってしまいます。このように本問は、数学で言うところの「検算」が可能な問題なので、正解か不正解かが簡単に判断できます。
    僕は以上のことを、『京大入試再現答案分析報告会』や『東大・京大・名大入試研究会』で詳細に解説しました。

― 英語のプロである先生方でも間違えてしまう問題なのですね。事例の要約のみの解答を作られた先生方は、どのような点で躓いてしまったのでしょうか。

  • 本問における誤答の原因は、実は英語の能力ではなく現代文の能力にあります。本問を正しく解答するためには、正解を的確に見極めて、それを自分の言葉で書く力が求められるのです。これはよく生徒にも伝えているのですが、難関大学入試の英文読解問題で純粋な英語力を問われるということはあまりありません。もちろん英語力も評価されますが、それ以上に英語を道具として用いる「現代文」の能力が試されます。
    入試問題について「答えは本文に書かれているから解答は本文から抜き出して作れ」と教える先生がいらっしゃいます。国語の先生の中にもそういう先生はたくさんいらっしゃいますし、英語の先生のほとんどはそうした考えをお持ちです。そのような考え方こそが、英語の専門家である高等学校の先生方や予備校講師が英語の入試問題で誤答を出してしまう原因の一つになっています。「答えは本文に書かれている」という考えは決して間違いではありません。しかしそれは意味として書かれているということであって、必ずしも表現として書かれているわけではありません

― 英語力に加えて現代文の能力も評価されているのですね。なぜ、大学の先生方はそのような入試問題を作られるのでしょうか。

  • 英語力は単なる技能にすぎません。それは環境が許せば誰でも身につけることができるものです。それに対して大学が求めているのは知性です。技能はあくまでもこれまでに身につけた力ですが、知性はこれから伸びていくための力です。知性が身についている人間は大学に入ると英語でもフランス語でも中国語でも、もちろん専門分野でも、何においても伸びていけます。大学はこれから伸びていく学生がほしいのです。
    大学が英語力以上の知性を求めていることは、入試問題を見ればわかります。入試問題はその大学の姿を表す、いわば“顔”ですから。もし大学が本当に英語力を試したいのであれば、入試問題はTOEFLやTOEIC、英検®のような試験になるはずです。しかし実際は、難関大学を中心とする多くの大学では英語と現代文とを足して2で割ったような問題が出題されています。難関大学の問題に採用されている英文は、往々にして学術的な内容を持つ高度で複雑な文章です。英語圏の人でもある程度の知識人でなければ読むのは難しいでしょう。多くの日本人が東京大学の入試の現代文で合格点を取れないように、ネイティブスピーカーだからと言って母語の現代文の問題を正しく解答できるわけではありません。
     僕の英文読解の授業を受けることで現代文や小論文の成績が大きく伸びたという生徒はたくさんいますし、僕の『京大英語』を受講していたうちの長男も京大入試の二次試験で現代文は高得点でした。逆にすぐれた現代文の先生の授業を受けると当然英文読解力が大いに向上します。すべての教科は実は根底においてつながっています。

― そのほかに先生の印象に残っている京都大学の入試問題はありますか。

  • 衝撃的だったのは2020年の第2問です。こちらはアメリカ先住民に関する難問でした。(2)では、下線部(b)の理由を、第3パラグラフの内容に基づき日本語でまとめることが求められます。
     本問の解答速報でも大手予備校の間で見解が割れ、代ゼミ以外の解答はすべて本文に書かれている内容を単に要約したものだったのですが、僕は解答速報で本問を解いたときに、本文には書かれていないことまで論理的に推測して書かなければ十分に説明できているとは言えないということに気づきました。
     同年の9月に京都大学は出題意図を発表しており、本問については、「本文に明言されていない内容を論理的思考に基づき補完しながらまとめ上げる能力を総合的に評価する」とありました。やはり、「本文から抜き出して解答を作る」という考え方では本格的な入試英語問題には太刀打ちできないのです。自分の頭を使って考えることで解答を見極め、それを自分の言葉で表現しなくてはなりません。
    この問題に関しても、『京大入試再現答案分析報告会』や『東大・京大・名大入試研究会』で詳細に解説しました。

― 論理的思考力について、さらに詳しくお伺いできますでしょうか。

  • 大学は単なる英語力ではなく知性のある人間を求めています。僕は大学入試で求められる知性は大きく3つに分けられると考えています。その1つ目が、論理的思考力です。
    これは論証問題などを通じて理系教科も含めた全教科で要求され、評価される能力です。論理的思考力はロゴスと言いかえてもいいですが、論理の土台としてすべての人間の頭の中に、すべての学問の根底に、そしてこの世界の構造そのものの中に存在しています。先ほど、「すべての教科は根底においてつながっている」と言いましたが、それはこのロゴスにおいてつながっているのです。まさに「はじめに言葉ありき※※」です。このことからも大学が現代文をいかに重視しているかがわかります。以前、代々木ゼミナールに在籍していたある優秀な生物の先生は「生物の二次試験の論証は国語の問題だ」とおっしゃっていましたし、代々木ゼミナールで数学の教鞭をとっている僕の友人の竹内充先生も「数学の根底は国語である」と常におっしゃっています。

     

― 知性にはさらに2つ重要な要素があるのですね。では、2つ目の要素はどのようなものなのでしょうか。

  • 大学入試で求められる知性を構成する3つの要素のうちの2つ目は、知らない世界に対する想像力です。知性の低い人は自分の仕事や家族や身の回りのことしか想像できません。それに対して高い知性を持つ人は、ウクライナやミャンマーに行ったことがなくともウクライナやミャンマーの現状を想像できるのです。もちろんそのような人が様々な情報発信に対してアンテナを張り巡らせているからなのですが、その情報発信に対する感受性の原動力としても、想像力は働いていると僕は考えます。難関大学の入試問題で課される英文を読むためには、“知らない世界”に没頭できるかどうかが重要になります。

― 論理的思考力と知らない世界に対する想像力に続く知性の3つ目の構成要素は、どのようなものなのでしょうか。

  • 3つ目は、母語の運用力です。これは、日本語を母語とする受験生であれば日本語の力が重要であるということです。たとえば、東京外国語大学や大阪大学外国語学部は外国語教育に力を入れている大学であり、その入試問題でも難しい英語の問題が課されるというのが一般的なイメージだと思います。もちろん英語に関しても難しいのですが、それと同時に総計数百字レベルの膨大な日本語による記述が要求されます。この背景には「思考言語である母語の運用力のある受験生は、入学後に学力をいくらでも高めることができる」という考えがあると思われます。
    英語の先生の中には、「英語の試験では、日本語についてはそこまで細かく評価されない」と主張する方もいますが、大学の先生方は受験生・学生の日本語力を非常に厳しく評価しています。
    京都大学の英文科の大学院に通っていた知人の経験談なのですが、大学院で和訳のテストのようなものが課されて、文意は正しく把握できたので満点に近い答案ができたと思っていたのだが、結果は思ったよりもはるかに悪かったそうです。なぜ点数が低いのか教官に尋ねたところ「あなたの日本語はおかしいです。きちんと日本語を書く練習をしてください」と言われたそうです。その教官は京都大学の入試問題の作問もされている方でした。
    繰り返しになりますが、大学の先生方は、英語の試験を通して和訳や説明に使われる日本語のよし悪しを真剣に評価しようと試みています。この点も踏まえて代々木ゼミナールの解答速報では、英文和訳や説明問題において日本語に厳しくこだわっています。

― 大学入試においては純粋な英語力は前提であり、それ以上に知性が重視されるのですね。ただ、現代文を含めた他教科の試験も行った上で、英語においても英語力以上に論理的思考力や日本語の運用力を重視していることには驚きました。大学はどのような人材を求めているのでしょうか。

  • 先ほど述べたことと重なりますが、大学は現在の能力よりも未来に向けたポテンシャルを重視していると僕は考えます。英語力は単なる技能であり、技能は環境が整えば誰でも身につけることができます。たとえば海外で幼少期を過ごした帰国生は流暢な英語を話せます。しかし、こうした技能はその時点ですぐれた能力を有しているというだけであり、それだけでは未来にはつながらないのです。一方ですぐれた知性は未来につながります。高い知性のある人間は大学で学ぶことで各自の専門分野だけでなく、英語やその他の外国語においてもその能力を大きく伸ばしていくことができます。

― 改めて入試問題についてお伺いできればと思います。ここまで2016年と2020年の京都大学入試についてお話をお伺いしました。最近の京都大学の入試問題についての印象もお伺いできればと思います。

  • インタビュー風景 2021年の入試問題では、過去20年間で最も難しい問題が出題されました。第2問の下線部(b)の末尾にあるWhy not?をどう訳すかが非常に難しかったのです。解答速報をするほとんどの予備校が処理に困ってあいまいな表現でお茶を濁した形になったのですが、代々木ゼミナールでは「反語表現である」と判断して明確に意味が表現されている解答を作成しました。
    その後、ある大学の先生が「予備校の解答速報はすべて間違っている」と言って、該当箇所を純粋な疑問文として訳した解答をネット上で公開し、それが大きな支持を集めました。入試が終わって一週間のあいだ解答を発表せずに様子をうかがって、そのネット上で支持を集めた解答をそのまま自分たちの解答として発表した予備校もありました。その時点でも僕は自分の解答に自信を持っていましたし、「またいつものように研究会で詳細な資料を用意して高等学校の先生方に説明すればいいや」と思っていたのですが、夏の『京大入試再現答案分析報告会』よりも前に、確か6月末か7月の初め頃に京都大学が出題意図を公開したことで正解がはっきりと確定しました。そこには「まず(1)の内容理解問題で、文章全体を読ませて、全体の趣旨の把握を促す。その上に立てば、(2)における…反語のWhy not?といった構文上の難所も克服が容易になるであろう…」(太字は本コラム用に強調)と記載されており、反語表現として読み解く方針が正しかったと確認できます。大学が発表したからと言って、それが絶対に正しいとは限りません。しかし少なくとも京都大学の意図に沿った解答を入試直後の時点で作っていたのは代々木ゼミナールだけだったということは確かです。
    この問題は出題年度の夏期講習の『京大英語』で取り上げて詳細に解説しました。もちろん生徒たちはしっかり理解してくれました。またその夏の『京大入試再現答案分析報告会』は新型コロナ感染症の蔓延のため中止になったので詳細な資料を多くの高等学校の先生方にお配りしてご説明しました。幸いにも秋の『東大・京大・名大入試研究会』は開催されましたので、その時にも詳細な資料をお配りしてご説明したところ、出席されていた高等学校の先生方全員に納得していただけました。

― 京都大学について様々な入試問題をご紹介いただき、ありがとうございました。他大学の問題についてはいかがでしょうか。

  • 2017年の名古屋大学入試の第1問のリベラルアーツに関する文章を題材にした出題が記憶に残っています。この文章には学生が読むべき非常に重要な内容が書かれていたのですが、それ以上に下線部(2)の和訳(設問2)が難しかったのが印象的でした。
    文の構造は意味と直結しているのですが、表面的に読んでいるだけでは、文の構造を取り違えてしまうような問題だったのです。現に代々木ゼミナールの解答速報以外の世に出回っている解答はすべて文の構造を取り違えています。僕は『東大・京大・名大入試研究会』で詳細なレジュメを作って多くの高等学校の先生方になぜ代ゼミの解答のようになるのかについてその考え方を丁寧に説明しました。すると、講演を聞く前は半信半疑だった先生方も全員納得してくれました。本問を正答するためには、下線部を読むだけでは足りず、文章全体に目を通して、その文脈から一つひとつの単語や表現の真の意味を判断して読み解く必要があります。本問はまさに、先ほども触れた現代文の問題でもあるのです。ちなみに僕はこのような緻密な読み方を学生時代に英語だけでなく、ドイツ語やフランス語の哲学書を読む中で身につけました。京都大学文学部にはよい意味での訓詁学の伝統が残っているのです。話を戻します。
    現代文の問題を解くためには論理的思考力に加えて、内容を深く理解するための教養も求められます。本問にはcitizen(市民)という単語が登場しますが、では市民とはどのような人間なのでしょうか。庶民とは何が違うのでしょうか。教養があるとはこういった事柄を理解していることです。現代文や英語に必要な力は総合力です。様々なことに興味を広げ、こうした知識を押さえておかなくては大学入試の現代文の問題や、現代文の力も問われる英文読解の問題は解けません。

― 教養が重要なのですね。教養の例をいくつか挙げていただけますでしょうか。

  • citizenに関しては英語指導者が入試問題で満点の解答を作るのに必要な教養であって少し高度すぎるかもしれません。生徒たちに求められる教養はもっと簡単な、いわば「常識」と言っていいものです。たとえば歴史に関する知識も重要な教養です。歴史の知識と言っても高等学校の世界史で学ぶような詳細なものではなく、常識的なものです。入試ではよく気候変動に関する英文が出題されます。その中で「産業革命以後、大気中の二酸化炭素量が増えている」という事実が頻繁に言及されます。少し知識があれば産業革命は200年ほど前に起きたでき事だということを前提に考えを進めることができるのですが、周囲と知的なコミュニケーションの時間を過ごさず、本も読まずに育ってきた子どもたちはそうした世界観を持っていないかもしれません。
    そのほかにも世界の国の数はおよそ200くらいであるとか、世界の主要な都市がどの国にあるか(ナイロビ―ケニア、オスロ―ノルウェイ、サンパウロ―ブラジル)など大学で知的な活動を志すのであれば、自然と押さえているはずの常識を備えておくことが重要なのです。

― 基礎的な教養を育むことが大切なのですね。いきなり子どもたちの意識を大きく変えることは難しいと思いますが、何か取り組みやすい習慣はないでしょうか。

  • まずは、新聞を読ませることをお薦めします。中高生が毎日、新聞を読むことは学力を高めていく上で非常に有効です。幼児などのまだ新聞を読むことが難しい小さな子どもたちには、童話や図鑑に加えて、良質な動画やテレビ番組を活用してください。NHKの『ダーウィンが来た!』や、少し上の年齢向けかもしれませんがやはりNHKの『地球ドラマチック』は子どもたちが世界に対する教養を身につける上で非常に良質な番組だと思います。2014年の大阪大学入試では、北米のヘラジカとオオカミが共存している地域に関する英文が登場しました。実はその数週間前に、番組名は忘れましたが、NHKのドキュメンタリー番組でそっくりの内容が扱われていて、僕はそれを見ていたので解答速報中に驚いたのを覚えています。このように入試に直結するようなコンテンツを扱う番組もあるのですから、たかがテレビと侮ることはできません。子どもたちにはこうした良質な番組にも触れてもらいたいと思います。それにしてもすごいですよね。NHK、阪大的中ですよ(笑)。
    入試問題を解くためには論理的思考力が重要とお話ししましたが純粋な論理はあくまでも要素と要素との関係ですから、要素自体に関する理解が生徒の中になくては文章を正しく読み進めることはできません。土台となる最低限の教養を身につけることで日本語文も英文もずっと読みやすくなります。

― 様々な問題をご紹介していただきありがとうございます。こうした問題はすべて、先生が作成されるテキストにも掲載し授業で解説されるのでしょうか。

  • ふだん『京大英語』や『名大英語』のテキストを作る際は、生徒が自分で解いてしまっている可能性が高い直近の入試問題は掲載しません。しかし本日ご紹介した難問の類については、すぐに解説して生徒に伝えることが重要ですので出題年度の夏期講習などの講習会用テキストで取り上げるようにしています。そしてその後も数年に一度はテキストに入れています。
    「難問は解かずに飛ばしてもよい」と指導する先生もおられますが、それは試験中の話であって、「解けない問題を解こうとして解けないときに伸びる」と僕がいつも言っているように、学力を伸ばすためには日頃の勉強で積極的に難問にも取り組むことが重要です。本日紹介した難問は、奇をてらった特殊な問題ではなく、いずれも学力を伸ばすための最高の教材です。

― 難問に取り組むことでどのようなメリットが期待できるのでしょうか。

  • 生徒にこうした難問に取り組ませることで、知性の3本柱を磨くことに加えて、標準的な問題を正確に解く力を身につけさせることができます。
    入試本番では無意識の緊張などが影響してパフォーマンスが低下する可能性が高くなります。そうした状況で合格を勝ち取るためには、ふだんの学習の中で入試において要求されるレベル以上のものに取り組む必要があります。ふだんから入試レベル以上の取り組みをしていれば、入試本番で調子を崩しても合格レベルに達することができるのです。
    学力に自信のない生徒の中には、解けないことへの不安が強すぎて、自分が解ける問題ばかりがのっている問題集を購入し、自分がついていける授業ばかりを選択する人がいます。それだと解けない不安を感じることもなく、気分がいいかもしれませんが、それは一時的なまやかしの幸福感です。それは自己の現状を確認しているだけで、単なる自己満足に過ぎず、そんなことを続けていても学力が伸びることはありません。
    シドニーオリンピックの女子マラソンで金メダルを獲得した高橋尚子選手は、標高の高いアメリカはコロラド州ボルダーの低酸素環境で毎日80㎞走るトレーニングを行っていました。スポーツをしたことのある人ならどなたでもわかることですが、日頃の練習では試合よりもハードなことをするのは当たり前です。なのに、こと勉強となると、生徒に楽な問題ばかりを解かせて、学力伸長に結びつかない偽物の“成功体験”を与えてしまう指導者が世の中には多いような気がします。仮に「解ける」ことを100としたら、精いっぱい予習で思考を重ねて60まで到達する生徒とあまり時間をかけずに10までしか到達しない生徒とでは、同じ解けないでも意味が全然違います。記述問題ならその違いは答案に如実に表れますが、記号選択問題なら、はたから見るとまったく同じ0点です。でも60まで行った生徒は明らかに伸びています。指導者は「解けない問題を解こうとして解けないときに伸びる」ということを肝に銘じて、時間をかけて精いっぱい予習をして「解けない」ことが成長の証だということを実感する体験を生徒にさせてあげるべきです。

― 生徒への指導方法についてさらにお伺いできればと思います。妹尾先生は生徒に対してどのような予習をするように指示されるのでしょうか。

  • 僕は、「英文読解」や「英作文」については予習こそがすべてであり、復習などしなくてもよいとすら考えています。最初の授業で最低限の復習の仕方を教えますが、予習のほうがその何百倍も大事です。生徒だけでなく指導者の中にも、勉強は「覚え、思い出す」ことであって、復習が重要だと思い込んでいる人がたくさんいますが、本当の意味で勉強の中心となるのは「調べ、考える」ことです。もちろん、勉強し始めの頃、高校だったら1年生のとき、予備校の1年間だと1学期には英文の読み書きの基礎となる文法を身につけなければなりませんが、その時には「覚え、思い出す」ことが重要になりますし、単語や熟語の勉強も「覚え、思い出す」ことが重要になります。しかしそれは本当の意味での勉強というよりも勉強の材料集めにすぎません。また共通テストの社会や生物などの科目では「覚え、思い出す」ことの比重は大きくなります。しかし、英数国において学力をしっかりつけたいなら「調べ、考える」ことに比重を移さなければなりません。数学ではもっぱら「考える」ことになると思いますが。「調べ、考える」ことを身につけると、主体的に勉強するようになり、勉強が楽しくなります。僕の授業のモットーは「勉強は遊びだ!」ですが、勉強を遊びにする秘訣は「調べ、考える」ことを身につけることです。「調べ、考える」ことによって、英語だけでなくあらゆる教科において学力が向上します。
    英語においては、調べるということは主に辞書を引くことを意味しますから生徒たちには、「時間無制限で辞書を引いて」予習をするように指示しています。辞書を引くことは非常に重要です。僕自身、高校時代に辞書を引く習慣を身につけたことで京都大学現役合格が可能になったと感じています。世間には辞書の価値がわからずに「受験生は英語以外にも多くの教科を学習する必要があるので、辞書を引いている時間などない」と主張する人々が、生徒だけでなく指導者の中にもたくさんいらっしゃいます。しかし、辞書を使って勉強をすると、最初は時間がかかりますが、学力の伸びが当初の予想をはるかに上回るために、英語を短期間で身につけることができ、他教科により多くの時間をかけられるようになるのです。うちの長男長女が非進学校からそれぞれ京都大学理学部、東京大学文科Ⅰ類に現役で合格できた理由の一つに、早いうちから辞書を使っていたということがあります。

― 辞書を使うことが非常に重要なのですね。生徒に辞書の使い方を指導する際にはどのような点が重要なのでしょうか。

  • インタビュー風景 辞書の使い方については、僕が代々木ライブラリーから出している『ピラミッド英文法~理解を積み重ねて英文法を身につける~』のChapter2の冒頭に書いていますのでそこを読んでみましょう。「英語の学習に辞書は欠かせません。ここで辞書の使い方について少し述べておきましょう。ある単語を辞書で引いたら,最初に発音記号を見て,発音・アクセントを確認します。次に動詞なら自動詞か他動詞か,名詞なら数えられる名詞か数えられない名詞かを確認しながら,意味と語法(使い方)を辞書の記述に従って調べます。そして例文がついていれば,理解をより具体的にするために参照します。その他,付加的な解説などが書かれていれば,それも読んでおくとよいでしょう。このように時間をかけて自分の力で辞書を読み,調べていくチカラが本当の勉強のチカラなのです。」
    初心者は辞書を知らない単語を引くためのものだと思っていますが、辞書の使い方が身についてくると、中学校で習った単語や簡単な単語、知っている単語であっても、細かいニュアンスや知らない語法、発音記号などを調べるために何度でも同じ単語を引き、辞書を読み込むようになります。僕は辞書は時間をかけて読むものだと指導しています。

― 辞書を引かずに単語帳を中心に学習している生徒もいるようですが、その点はどう思われますか。

  • 大学入試の英語に取り組むには、単語帳だけでは不十分です。単語帳には代表的な意味や訳語しかのっていないからです。たとえば、representという単語については「~を表す、象徴する」「~を代表する」などという意味、constituteという単語については「~を構成する」などという意味しかのっていないのがふつうです。しかしこの2つの単語はどちらも、SとOが同一物の場合、「~に相当する」という意味になり、入試問題の英文にこれが実によく登場します。辞書を引く習慣がない生徒は、英文を読んでいるときにこれらの単語について単語帳の訳語では意味が通じないと感じた経験があるのではないでしょうか。辞書を引けば、列挙された訳語の後ろの方に「~に相当する」という訳を見つけることができます。このように意味としては代表的なものでなくとも入試においては頻出といったケースがあるのですが、代表的な意味だけを網羅した単語帳で勉強していては、こうしたケースに気づく機会がありません。現に今の2つの事例について僕は高校時代に辞書を引く中で気がつきました。
    限られた時間の中で取り組む受験勉強において、辞書だけでは見落としてしまう必須単語があるかもしれないので、市販の単語帳でその“抜け”を見つけて意図的に覚えることは重要です。しかし市販の単語帳はあくまでも印象を頭に刻み込むためのもの。単語をしっかり理解して覚えるためには、単語帳を使う場合にも少なくとも初見の単語に取り組む際には辞書を引いておくことが重要になります。
    英語で「教育」を意味するeducationの元々の意味は、「外へ引き出す」です。辞書を引き、調べ考えていく中で、生徒の隠れた力が表に出てきます。代々木ゼミナールの2023年度のキャッチフレーズにも「秘めたまま、終わるな」とあります。是非、生徒たちに辞書を引かせて、その秘めた力を引き出していただければと思います。

― 辞書は紙の辞書と電子辞書のどちらがよいのでしょうか。

  • 紙の辞書と電子辞書には、それぞれ長所と短所があります。紙の辞書のほうが見開きで広く全体が見渡せるので、中学1年生など初学者を教えるときには僕は紙の辞書を使うように指導しています。しかし、高校生や高卒生の数年間英語に触れてはきたが苦手意識を持っていてそれほど勉強意欲の高くない人に紙の辞書を使うようにと指導して、引くこと自体に抵抗感を覚えさせてしまっては本末転倒です。生徒には自分が使いやすいものを使うようにと言っています。実際、勉強意欲の高い生徒で、両方の辞書を絶えず持ち歩いて使い分ける生徒もいます。

― 妹尾先生は時間無制限で予習をするように指導されていますが、制限時間を設けて予習をさせることについてはどうお考えですか。

  • 「入試には制限時間がある。入試は時間との勝負だ。スピードが大事なんだ。だから制限時間を決めて予習をしなさい。そうしないと速読力は身につかないぞ。」とおっしゃる指導者は世の中に多いですが、僕はそれはおかしいと思っています。ゆっくりできないことが速くできるはずがありません。まずゆっくりできることが大切です。
    たとえば英文読解について考えてみてください。単純化して1文を読むことを例にとりましょう。1文を読むプロセスの中に仮に10のステップがあるとします。その10のステップを1つでもとばしたら、意味を十全にとらえることはできません。英語がスラスラ読める知的なネイティブスピーカーはそのステップのほとんどを無意識に踏んでいます。しかし日本人の初学者はその10のステップのすべてを意識的に踏まなければなりません。ゆっくり意識的に、調べ考えながら、文法的意味的に一つひとつのステップを処理していくのです。それを何日か続けていたら、同じようなパターンや要素に出会うようになり、無意識に処理できる部分も出てきます。何か月か続けていたら10のステップのうち半分くらいは無意識に処理できるようになるでしょう。入試直前までに10のステップのうち8つか9つを無意識に処理できるようになった人が合格するのです。意識的にステップを踏むことを繰り返して徐々に無意識に落とし込んでいくことでしか、速く読めるようにはなりません。
    折り紙で鶴を折ることを考えてみてください。折り紙は1つのプロセスの中の数あるステップを1つでもとばすと失敗してしまうという意味で、読解プロセスにそっくりです。折り紙で鶴を折ったことのない人に、1か月後に3分以内に鶴を折るテストをするとします。それに向けて練習するのに最初から3分の制限時間を設けて練習しますか?するわけないですよね。最初はゆっくり意識的にステップを踏んでいって、プロセスを完成します。それが身についたら何度でも繰り返して無意識の領域を増やしていきます。すると1か月どころか1週間でどなたでも3分以内に鶴が折れるようになります。辞書を使う「調べ、考える」勉強が、多くの人の予想に反して、辞書を使わない勉強よりも学力が速く伸びて時間の節約になるという話をしましたが、その真相はこういうことです。 僕は生徒によく言うのですが、受験勉強の最大の真理は、「日ごろ辞書を引きながらじっくり時間をかけて勉強している人だけが、本番の入試で制限時間内に合格点をとれる」ということです。これは逆説です。逆説とは、一見矛盾しているように思われるが実は真実であることです。逆説であるがために多くの人には理解しがたいのだろうと思います。しかし人生の真実の多くは逆説です。ことわざに逆説が多いのはそのためです。“急がば回れ”ということですね。

― この予習方法は1年を通じて変わらないのでしょうか。

  • インタビュー風景 受験直前の生徒たちには、まず辞書を使わずに制限時間内にテストとして答案を作らせます。そしてそこで答え合わせをさせたり添削したりせずに、次に時間無制限で辞書を使ってじっくり答案を作らせます。これを僕は「二重予習」と名づけて、長年生徒たちにやらせてきました。テストのような答案を作ることで今の時点での力試しと試験の駆け引きの練習ができます。つまり、「この問題は難しいからとばしたほうが得だ」といったようなことです。しかしこれだと学力は伸びません。学力は「解けない問題を解こうとして解けないときに伸びる」からです。そのために時間無制限で辞書を使ってじっくり問題を解くのです。2つの答案を作ることで多くの時間がかかり、解くことができる問題数は大幅に減ってしまいますが、このほうが学力も試験の技術も格段に伸びます。非進学校から京大理学部に現役で合格したうちの長男は、僕の『京大英語』の授業はもちろん受けていましたが、英語の過去問はたった3年分しか解いていませんでした。しかししっかり二重予習のやり方で解いて僕が厳しい添削をしていたので、合格できました。
    理想を言えば、生徒たちには1学期の予習から二重予習をさせたほうがよいでしょう。しかし、予備校の授業に追われている生徒たちに二重予習を指示しても、テストのような答案を作るだけで手一杯となってしまい、学力を伸ばすために重要な時間無制限の予習がおろそかになってしまいます。そうした状況を防ぐために、2学期の終わりくらいまでは時間無制限で辞書を使ってじっくり解く予習だけをやるように指導しています。もちろん僕のオリジナル単科『System of English〈理解し考える英語〉』だけに参加しているような単科生には、時間がいっぱいあるので、その人のその時点での学力にもよりますが、1学期のうちから二重予習をするように指示することもあります。また、夏ごろから志望校の過去問に取り組む人にはやはり二重予習の仕方で解くように指示しています。
     制限時間内に辞書を使わずにテスト形式で解くことで推測力を鍛えることが重要だと考える生徒や指導者がたくさん見受けられるので、この点について少し付け加えておきます。知らない単語の意味を推測することは試験における重要な作業ですし、その重要性を僕はしっかり認識しているからこそ、二重予習を生徒にやらせているのです。しかし時間に追われている予備校の本科生にとって有効な時間の使い方は、時間無制限で辞書を使って予習することです。たとえ推測によって「99パーセント~という意味だ」とわかったとしても、それを辞書で確認して100パーセントの知識にするのです。それによってゆるぎない学力がつきます。これが辞書を引いて予習をさせる第1の理由ですが、もう1つ理由があります。まだ学力があまり高くない生徒に推測をさせても、必要な知識が欠けているがためにそのかなりの部分があてずっぽうになってしまうということです。あてずっぽうは勉強ではありません。「やった」感があるだけで時間の無駄です。辞書を引いて必要な知識をそろえて勝負のできる土俵に上って初めて、意味のある推測ができます。辞書を引くことを答えを見ることと勘違いしている人がいますが、辞書を引く過程でもその後にも、思考や推測は続きます。

― 英語学習においては、「調べ、考える」ことが重要なのですね。暗記要素の多い文法についても同じなのでしょうか。

  • 入試には文法問題はほとんど出ません。入試問題は大部分が英文読解と英作文です。そこで問われるのは英語の読み書きと日本語の読み書きです。しかしそれを正確に行うためには英文法を身につけなければなりません。その辺に関する詳しい事情は『ピラミッド英文法~理解を積み重ねて英文法を身につける~』(代々木ライブラリー)の「はじめに」の部分を読んでいただきたいのですが、かいつまんで言えば、長年英語にどっぷりつかって無意識に文法を身につけている母語話者と違って、私たち他言語母語話者が英語を正確に使えるようになるためには文法を意識的に身につけなければならないということです。そのためには英文法を丸暗記ではなく体系的に理解する必要があります。
    『ピラミッド英文法』は日本で初めて英文法を「文の構造の文法」と「意味の文法」とに分け、ピラミッド型に体系化した画期的な本です。ほぼあらゆる事項の理由を示し、これほど理解を重視しているのは、専門書や一般書は別として、学習参考書では他にありません。たとえば、多くの生徒が小学生の頃から国語や英語で無反省に説明を受けることなく使ってきた「かかる(=修飾する)」という現象についてもその本当の意味を詳しく説明しています。この本の内容は僕が代々木ゼミナールで長年行ってきたオリジナル単科である『System of English〈理解し考える英語〉』の1学期のとくに前半の内容を膨らませたものです。『System of English〈理解し考える英語〉』は英文読解と英作文のための授業ですが、1学期の前半にはそれと同時に読み書きのための英文法を徹底的に身につけさせます。
    入試で問われるのは、先ほども申し上げた通り、英語の読み書き、つまり実践です。それに対して英文法の勉強は厳密には英語の勉強ではなく、英語の勉強のための準備にすぎません。サッカーで言うと試合のルールやボールのけり方の本を読むようなものです。もちろんルールを知らないと試合はできません。しかし年がら年中ルールばかり勉強していてもサッカーが上手になるわけではありません。サッカーが上手になるためには実践、つまり実際にグラウンドで走ってボールをけることが何よりも重要です。
    英語指導者の中には年がら年中、文法の4択問題ばかりを教える人がいます。そのほうが楽だし、定期考査なども作りやすいし、生徒も達成感を得やすいからです。しかしそれでは生徒の学力は上がりません。英文の読み書きに真正面から向き合わないと。こういうわけで英文法の勉強は高校生なら1年生、予備校など1年で結果を出さなければならない学校では1学期の早い時期にある程度完成させることが必要です。文法を身につけることを僕は「頭の中に文法のピラミッドを作る」と言っています。高校の先生方にはぜひ『ピラミッド英文法』を生徒たちに持たせてあげて、学習生活の早い時期に生徒たちの頭の中に文法のピラミッドを作らせてあげてほしいと思います。
    早い時期に文法のピラミッドを頭の中に作ること、すなわち英文法を理解するかたちで体系的にしっかり身につけておくことは、その後の英文読解、英作文の力を伸ばす上で強固な土台になります。
    代々木ゼミナールの本科の授業でも、週に2コマのペースで授業を行い1学期中に英文法の授業は完成するようになっています。夏や2学期になっても文法をしているようでは、合格はおぼつきません。
    前置きが長くなってしまいました。文法に関しては「調べ、考える」ことよりも覚えることのほうが重要になります。ただし、それはしっかり考えて理解したうえで覚えるということです。重要なことなので、『ピラミッド英文法』の中でも2回触れていることですが、理解することには次の3つの利点があります。

    1. 忘れても一から考えれば思い出せる。
    2. 単語や語順を変えられても応用がきく。
    3. 何よりも勉強が楽しくなる。

    しかしそれ以前に、理解したことはなかなか忘れません。文法の理解とは、数学で言えば定理の証明のようなものです。丸暗記した定理は使い物になりません。だから数学の先生方は数学の勉強の初期段階で定理をしっかり証明させるのです。
    英語の勉強において、このように初期段階での文法学習が理解に基づくものだとしても、やはり暗記は必要です。その他、単語や熟語や語法を覚える際にも暗記は必要になります。しかし実践的な英文読解や英作文などの入試に直結する重要な部分の力は、「調べ、考える」ことによって身につくのです。とくにじっくり時間をかけて「考える」ことでしか身につきません。

― 指導方法について詳細に解説していただきありがとうございます。入試問題の研究や分析の手法についてもお伺いできればと思います。妹尾先生は毎年、京都大学や名古屋大学の模試や予想問題演習の作問を担当されていますが、どのように問題研究を行われているのでしょうか。

  • 名大プレは実施時期が早まってからは作成していませんが、京大プレは毎年僕が全問作成しています。予想問題演習に関しては、両大学とも、最新の予想問題を毎年一から作成しています。最近の京大入試の英文読解問題では、入試の2年前の11月くらいから入試の前年の4月くらいまでに発表された比較的新しい文章が題材になっています。また、名大入試の英文読解問題では、入試の前年の4月くらいから7月くらいまでに発表された文章が使用されています。
    僕が作問するときは、まずこの条件に合った英文に候補を絞ってその上で各大学が出題しそうな内容や文体の文章を選ぶようにしています。過去にはこの方法で文章を選んで、入試本番で的中した年もありました。
    僕は2012年の第1回京大プレのためにドアノブを題材にした問題を作ったのですが、翌2013年の入試本番では、まったく同じ文章が出題され、下線部も4か所中3か所が的中しました。

― 先生は非常に高い精度で入試問題を考察し予想されているのですね。多くの文章が作問の候補になったと思われますが、何か予想を決定づけた要素はあるのでしょうか。

  • 2012年度の入試問題を徹底的に分析しました。2012年度の京都大学入試の英語は、科学雑誌の非常に長い記事を素材として、下線部を決定し、平易な文章に書き換えながら500語程度に要約する方法で作られていました。僕もこの方法を踏襲して作問しました。
    実際の京都大学の入試問題では、僕が書き換えるのに使ったよりもさらに易しい表現が使われていました。つまり、京大プレを受験していた生徒たちは、本番と同じ内容について本番よりも少し難しい文章で考えた経験を踏まえて本番入試に臨むことができたのです。この的中の際には、実際に生徒たちから大いに助けられたという声をたくさんいただきました。
    もちろん常に的中を出すことはできませんが、この的中はまったくの偶然でもありません。京都大学入試のプロとして入試問題の作成法をしっかり分析した上で作ったことによって、素人が作った場合の的中率が1/1000であるところを、少なくとも1/50くらいの確率には上げられたのではないかと考えています。

― ここまで、主に英文読解に関してお伺いしましたので、引き続き英作文についてもお話をお聞かせいただけますでしょうか。和文英訳に関しては、京都大学のものが非常に難しいことで有名です。妹尾先生はどう思われますか。

  • インタビュー風景 日本で最も難しい和文英訳問題を出題しているのは京都大学だと思われがちですが、実は過去には大阪大学の文学部のほうが難しい問題を何度も出しています。もちろん年にもよりますし、最近はあまり難しい問題は出していませんが。
    往年の大阪大学文学部の和文英訳問題の特徴は、題材となる日本語の文章が、過去と現在が、あるいは比喩と現実が錯綜しているような、読み解くのが非常に困難なものであることが多かったということです。しかし、その日本語を正しく読み解き整理した上で解答を書くと、非常に簡単なふつうの英文になります。京都大学の問題も含めて、難しい和文英訳問題は、往々にして実は日本語の読解問題であると言っても過言ではありません。

― 和文英訳については、どのように指導を行われるのでしょうか。

  • 2021年のワンデイセミナーでもお話しましたが、和文英訳の指導については、まず、和文和訳が必要ない短い基本例文を訳させることから始めるべきです。僕の授業では2週間から3週間は基本例文の訳に費やします。そうして生徒の基礎力を高めた上で本格的に入試問題レベルの和文英訳を指導していくのです。
    入試レベルの和文英訳は、次の4つのステップに従って行います。

    1. 与えられた日本語文をしっかり読んで理解する。
    2. 英語の表現をあてはめるだけで英文になる、英文の構造を反映した平易な日本語文へと和文和訳を行う。
    3. 英文を書く。
    4. 見直しをする。

― 京都大学や大阪大学の読解問題では、非常に知的で高尚なテーマが扱われています。和文英訳についてもそうした傾向は見られるのでしょうか。

  • 難関大学の英文読解問題では学術的な文章など、高度な内容の英文が出題されますが、和文英訳問題では非常に日常的な内容の文章が出題されます。
    たとえば、僕は2014年2月に実施した『京大英語予想問題演習』の授業のテキストのために「最近の電子辞書はよくできているが、紙の辞書もよい」といった比較的平易な内容の日本語文を作成しました。するとその数週間後の本番の京大入試で「近年、電子書籍が発達しているが、紙の本もよい」という趣旨の和文英訳問題が出題されたのです。僕の書いた文章の出だしは「最近の電子辞書」で、京大入試では「近年、電子書籍」でした。僕は英語の講師なので電子“辞書”を題材に選んだのですが、文章の構造はそっくりで、生徒たちは解答時間が半分になったと喜んでいました。
    日本の英語教育の歴史を振り返ってみると、その中心は受信(=読むこと)で、発信(=書くこと)について要求されるレベルは相対的に低くなる傾向があります。そのため英作文で求められる力は英文読解と比べてそれほど高くありません。予備校に入ってくる生徒の中には英作文に苦手意識を持つ人が多いですが、それは高校であまりやってこなかった人が多いからで、そんな人でも僕の授業に出るとすぐに伸びます。英文読解の力を伸ばすにはある程度の時間が必要ですが、英作文は違います。本当にすぐに伸びます。

― 英作文は和文英訳と自由英作文に分けられますが、大学ごとにどちらが出題されやすいなどの傾向は見られるのでしょうか。

  • 京都大学の入試英語の変遷を振り返ると、昔は重厚で難しい英文読解が課される一方で和文英訳は比較的平易な内容で短いものが中心でした。最近では和文英訳問題は長文化してきており、自由英作文も出題されるようになりました。
    自由英作文は他の大学でも積極的に出題されてきていますし、要求される語数も増えてきています。大阪大学が初めて自由英作文を出題したとき指定語数は30語でしたが、その後40語から60語、そして70語へ、さらに80語へと段階的に語数が増えてきています。一橋大学も以前は100語程度の出題だったのですが、最近では140語や150語のものが出題されています。神戸大学でも50語から100語へ、広島大学でも80語から180語へとやはり語数が顕著に増加しています。

― なぜ、語数の多い自由英作文が積極的に出題されるようになったのでしょうか。

  • 戦後の日本の歴史を振り返ってみると高度経済成長を経て80年代の好景気の頃までは、欧米をモデルにするだけで国力を高めることができていました。こうした状況では、発信する能力よりも、欧米からの情報をスムーズに取り入れるための受信の能力が重要となり、入試でもそうした能力が主に評価されていたのだと考えられます。
    しかし、日本が先進国の頂点に立つと今度は発信することが求められます。それに応じて、自由英作文の出題が増えてきたのではないでしょうか。これは和文英訳の問題についても言えます。京大入試を見てみますと、30年くらい前の問題に比べて現在の問題では和文英訳問題の文章はかなり長くなっています。
    また発信の重要性に関しては、日本の経済力の衰退とも大いに関係があると思います。高度成長から80年代の好景気の時代までは、鉄鋼や自動車製造などの重工業においては、欧米の技術や思考を素直に受け入れてそれをより丁寧に再現することで世界の上位に躍り出ることができたのです。しかしIT革命でその状況は一変しました。そこでは、手本を模倣してうまく再現することよりも、クリエイティブな能力が求められます。従来、情報を受信して、それを「覚え、思い出す」ことばかり重視してきた日本人は残念ながらこうした状況にうまく対応できず、「調べ、考える」ことを重視した欧米の教育を受けた起業家たちが創立したGAFAMに肩を並べるような世界的企業は日本からは生まれていません。
    従来の我が国の教育はまさに手本に従ってそれを再現するというものでした。それが僕の言う「覚え、思い出す」勉強です。その教育に欠けているもの、欧米のIT起業家が持つクリエイティブな能力こそ大学教育において重視される力です。従来からそこに問題意識を持ってきた大学が自由英作文を積極的に出題することによって、高等学校までの教育に対してメッセージを発しているのではないでしょうか。これからの数十年で高等学校や予備校の教育は、従来の「覚え、思い出す」勉強を重視したものから、僕の提唱する「調べ、考える」勉強を重視したものへの転換が求められていくと思います。それは大学入試を通して大学から要求されるものですが、究極的には社会から、さらには世界からの要求であるとも言えます。
    Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoftの5社をまとめて表す言葉。いずれも世界的なシェアを誇る米国の巨大IT企業である。

― 英作文の予習においても、やはり辞書を引くことが重要なのでしょうか。

  • 非常に重要です。英語の先生の中には「英作文をするときは和英辞典を使わずに今の自分の力で説明する練習をしなさい」と指導される先生がおられます。入試本番では、辞書を使わずに答案を書きあげる必要があるのですからこの主張には一理あります。しかし、やはり学習としては、和英辞典を引くことが重要なのです。二重予習のところでも申し上げましたが、現在の自分の力だけで答案を作り上げる練習とは別に、和英辞典を引いて、見つけた英語表現を英和辞典で引き直して語法やニュアンスを確認し、その上で「この場面で絶対に使うことができる」と確信してから使うのです。こうすることで生徒が使える語彙は増えていきます。

― 本日は、入試問題分析や指導方法に関する知見を示していただきありがとうございました。最後に全国の先生方へメッセージをお願いいたします。

  • 僕は、人間は生まれたときには誰でも東大に入るアタマを持っていると考えています。成長する中で、親や家族、幼稚園の先生や友だち、本やテレビ、さらには世間のあり方や考え方に影響を受けてその子の世界観が形成されます。小学生くらいのときに自分は勉強が得意だと思っている子と苦手だと思っている子にわかれていきますが、これは生まれもっての能力の差ではなく子どもたちを取り巻く環境の差によるものです。
    その後、自分は勉強が得意だと思っている子は、すすんで教室の前のほうの席に座ったり、先生を質問攻めにしたり、間違いを恐れず積極的に難しい問題に挑戦したりするので、ますます勉強に対して得意意識を持つようになります。一方、勉強が苦手だと思っている子は、恥ずかしがって質問を控えたり、教室の後ろのほうに座ろうとしたり、わからないことや間違えることを恥ずかしがってわかったふりをしたり、解けないことが怖いから難しい問題に挑戦しなかったり、解くのをすぐあきらめてしまったりして、ますます苦手意識を持つようになります。このようにして、この2人の子どもの、小学生の頃はまだ小さかった差は中学高校と進むにつれどんどん広がっていき、大人になるとそれは経済格差にまでつながってしまいます。そして、小さな頃から自分のことを勉強が苦手だと思ってきた大人は「自分はアタマが悪いんだ」という幻想を抱くことになります。本当はそんなことは少しもないのに。
    このように人間の能力は後天的な要素で大きく左右されますから、まだ人生の4分の1も終えていない10代後半の段階で自分自身に「アタマが悪い、勉強が苦手だ」とレッテルを貼るのは道理に合いません。自分の能力が後天的なものであるということを生徒たちに気づかせることができれば、いくらでもその能力を伸ばしていくことができます。
    受験に合格するということは今までの自分を変えるということです。生徒たちが「調べ、考える」勉強を通して、「自分はできるのだ」という確信に基づく自信を持ち、今までの自分とは違う自分に変身することをどうか助けてあげてください。僕は生徒や自分の子どもたちを教える中で自分自身大きく変わりました。そして今でも絶えず変身し続けています。僕の変身した姿は代々木ゼミナールにおける僕の授業やワンデイセミナーなどの教員研修、これから出す参考書、数々の研究会だけでなく、インスタグラムなどを通しても発表していきたいと思います。これを読んでいただいている先生方も「調べ、考える」勉強を教えるその過程で大きく変身することと思います。それこそが指導者としての自己実現に他なりません。ともに生きましょう。

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聞き手:福田

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