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2017夏期「授業法研究ワンデイセミナー」質疑応答集

2017夏期「授業法研究ワンデイセミナー」
受講者から出た質問に担当講師が答える「質疑応答集」を公開!

2017年夏期 授業法研究ワンデイセミナーの中で、受講者の皆様からいただいたご質問に対して、担当講師がお答えします。共通の疑問を持った現場の先生方に広く共有いただければ幸甚です。
※いただいた全てのご質問にはお答えできませんが、どうかご了承ください。

本部校出講日 科目 担当講師
7/29(土) 小論文 木村 勧
物理 木村 亮太
政治・経済 蔭山 克秀
7/30(日) 化学 岡島 光洋
倫理 畠山 創
合科目 井上 烈巳
上住 友起
8/5(土) 英語 富田 一彦
文系数学 藤田 健司
現代文 國井 丈士
地理 宮路 秀作
8/6(日) 理系数学 森谷 慎司
古文・漢文 梅澤 聖京
北澤 紘一
生物 鈴川 茂
世界史 佐藤 幸夫

※準備のできたものから、順次掲載を行っております。
現在準備中の講座につきましては、今しばらくお待ちください。

2017夏期 授業法研究ワンデイセミナー「質疑応答集」


木村 勧
小論文
【7/29(土)実施】

新テストとの関連の中で、今後の小論文指導の動向は、どうなっていくとお考えでしょうか。
新テストのビジョンは高大接続にありますから、おそらく小論文は大学での「学び」に即したものに変わっていくことと思います。大学での学びの基本は、①自ら問題(テーマ)を設定して、②そのテーマについて探求し、③自説を導き出すことにあります。そして、従来の小論文で、「大学での学び」の見地から欠けていたものは、①自ら問題(テーマ)を設定するという項目です。従って、これからの小論文は、出題された問題の中から自分でテーマを設定し、そのテーマについて論述してゆくという方向のものに変わっていくように思われます。具体的には、従来のように課題文だけを示しこれについて意見を求める形式ではなく、図表や資料、絵や写真、さらには動画を示して、その中から適切なテーマを見つけさせ、そのテーマについて論述させるという出題形式が採られてゆくように思います。慶応大学のSFC(環境情報、総合政策)の出題形式が以上の動向を先取りしているといえますので、参考にされるとよいでしょう。
一斉授業では個人の力の差があり取り組む姿勢が異なりうまくいきません。個人添削では非常に時間と手間がかかります。先生ならば、どうされますか。
小論文の指導では、生徒の力量の差はそれほど問題になりません。まず、そもそもほぼ生徒の全員が小論文を書くこと自体において初心者だからです。帰国受験生の場合は論文作成に既に慣れており事情が異なりますが、国内の受験生はこれまで正面から小論文の授業を受けてきていません。そのため、生徒の力量差はそもそも問題になりません。従って、生徒指導において重要なのは、講義の際にもお話ししましたように、小論文答案作成の基本的なアプローチを指導することなのです。この点は生徒間の実力差如何に拘わらず、共通の課題になります。スポーツの指導において、初心者に教えるべきことは、個人の潜在的な力量に拘わらず、そのスポーツの基本のフォーム等であるのと同じだということです。
小論文を書く上での教養を生徒にどの程度身に付けさせればよいのでしょうか。
講義の時にもお話しさせていただいたように、まず第一に小論文の学習において「知識」は「脇役」であることを肝に銘じておく必要があります。なぜならそもそも小論文では「知識」が問われていないからです。そのうえで、小論文で前提とされている「基本的知識」を生徒に学ばせるという段取りになるといえます。小論文で前提とされている知識とは、要するに大学受験生としての常識的な知識です。具体的には、講義の際にもお話しました①今の社会の重要問題(時事問題)、②社会の基本的仕組みに関する知識、③人文系に関する本質的な知識(言葉とは何かetc)です。③については、入試現代文の学習が有効ですが、他の項目については、中学で学ぶ程度の内容のもので十分です。それ以上のレベルのものは、課題文で示されていると捉えておいて下さい。
小論文指導を行う際には、全体の説明講義は必要でしょうか。それとも個々に合わせて添削指導メインの方が効果的でしょうか。
小論文指導において最も重要な点は、小論文というものを書くことができる能力を養うことです。そのために、まず学習の初めにおいては(とはいえ、たいていの場合この段階で受験期を迎えてしまいますが…)小論文答案作成の方法に関する全体の説明講義が絶対に必要です。添削指導はこの全体の説明講義の内容を習得できているか否かに関するチェックテストとしての位置づけといえるでしょう。その意味で、添削指導は脇役として捉えられるべきです。ただし、添削指導を欠いては、小論文答案作成の力は養えません。両者の併用が不可欠です。ただ、その際に全体の説明に比重が置かれなければならないということです。重要度の比率で言えば、全体説明が70パーセント、添削指導が30パーセントといったところです。
文系と理系の小論文は本質的に同じなのでしょうか。
基本的に、小論文は受験生の基本的知識(大学受験生としての常識)をもとに、「論理的な記述力」を評価することを狙いとしています。従って、文系と理系、医系、芸術系etc全ての学部での小論文での学び方は全く同じです。(一例をあげますと、東京医科歯科大学医学部の出題では、社会科学系の問題が出題されていたりします。)大切なのは、学部に関わりなく小論文の書き方自体を習得させることです。ただ、若干の指導上の留意点の違いがあるとすれば、文系や理系での典型的な論点については、受験校に応じてしっかり学ばせておくことが必要といえるでしょう。学部によって違いがないとは言っても、やはり出題される論点としては、その学部に近い内容のものが出題される確率が高いからです。とはいっても、その内容は特定の学部のみで出題されるという性質のものではありません。


木村 亮太
物理
【7/29(土)実施】

高3の夏・冬それぞれは、どのように指導すべきなのでしょうか。基本的な考え方を教えていただきたいです。
夏は力学と波動です。力学をする理由としては、力学は、電磁気・熱・原子を行う際、必ず必要となってくるので、夏のうちに基礎力を固めておく必要があります。また、波動に関しては、他分野との関わりがないです。それゆえ、いつ勉強してもいいと思いますが、夏が最適だと思います。その理由としては、波動は単元毎の関わりが多くありません。例えば「ドップラー効果」が分からなかったとしても、それが「光波の干渉」の勉強に影響しないということです。単元ごとの関わりが多くないので、わからなければ、次の単元を勉強すればいいのです。休みの期間は質問できる先生がいませんので、波動の分野の勉強は適しているのではないでしょうか。冬は、センターの過去問ではないでしょうか。それ以前は典型的な問題をしっかりこなす勉強をしておいて、冬にはセンターのような問題形式に慣れる必要があると思います。
授業から家庭学習へつなげるためには、どんな工夫をすればよいのでしょうか。
家庭学習では、解法を教えてくれたり、説明してくれる先生はいません。それゆえ生徒が一人で考え、問題を解くのに必要な基本事項や原理、式、現象を授業で教える必要があると思います。授業内で、式の意味や、立式方法の基礎演習をして、類題を自宅で行わせるのがよいのではないでしょうか。また、自宅で行う問題を指定して、問題の意味やヒントを授業内で伝えておくのも効果的かと思います。基礎の部分ができれば、生徒も自分で手が動くようになると思います。
授業中生徒がタブレットを全員使用できる環境にあったら、先生ならどのように活用されますか。
タブレットがあれば、動きを見せるのがいいのではないかと思います。高度なことができるのであれば、プログラミングなどで、動きを作らせるのも効果的かとは思いますが、そこまでは時間もないと思うので、先生が問題毎に動きを用意しておき、それを見せることにより現象をつかませることができると思います。ただ、動きを見せるときの注意ですが、むやみに見せすぎないことも大切かと思います。実際の問題を解くときは、その動きを自分で想像する必要があります。このため、生徒には動きを想像させる練習も必要です。適切に、想像しにくいものや、動きがあればわかりやすいものは、タブレットを用いて見せ、そうでないものはやはり、想像させることも大切です。使い方のバランスをとることが重要かと思います。
運動方程式の指導のポイントを教えていただきたいです。
運動方程式は何を意味している式であるのかを生徒に伝えることではないでしょうか。これは運動方程式に限りませんが、式を使う時には、その式がどういう意味なのかを理解していないことには使えません。運動方程式においては、物体が加速度をもつことは、力が加わったことによる因果律であるということ。そして、加速度はもちろん質量にも依存していることを伝えてあげることではないでしょうか。私は普段から、運動方程式を立式するときは、「質量mの物体に」「加速度aを生じさせた」「原因は」「力Fである」ということを、毎回伝えるようにしています。その積み重ねで、生徒も式のもつ意味を理解し、立式できるようになるのだと思います。
生徒が興味を持てるような授業を展開することがなかなか難しいです。何かヒントをいただけますか。
生徒一人一人が何に興味を持つかは人によって違います。それゆえ、授業内で色々なことをして、興味をもつポイントを多く置くことが大切だと思います。例えば、今勉強している式が、現実にはどう生きているかを話してあげることもできますし、実験を行って生徒に「面白い」と思わせることもできます。現象が難しければ、たとえ話を用いて、問題を解けるようにすることで興味を持つこともあると思います。ただ、どの場合でも大切なのは「伝え方」と「タイミング」だと思います。どんなにいい実験であっても、タイミングを間違えば、生徒にとってはただの「作業」になってしまいます。現象の説明も伝え方を間違えば、生徒は何のことだかわからなくなってしまいます。よきタイミングで、よりよい伝え方をすることで、生徒の興味をひくことができるようになっていくと思います。


蔭山 克秀
政治・経済
【7/29(土)実施】

時間をかけずに効率的にセンター試験で生徒たちが高得点をとれるようにするには、普段の授業でどのような工夫をすればよいのでしょうか。
センター試験はマークシートです。答えは必ず問題用紙の中に書かれています。ですから僕は「単語の覚え方は甘めでいいので、とにかく内容理解に意識の半分以上を割くこと」という指示をしています。受験生の多くは、ついつい単語をしっかり覚えようとする癖がついていますので、これをやめさせるだけで、相当勉強時間は削れます。その代わり、内容は前後関係や因果関係も含めて、しっかり指導していきましょう。
授業中生徒に勉強をさせる、ノートを取らせる方法が知りたいです。
生徒の中には、講師が喋っている時間は「休憩時間だ」と勘違いしている者が多くいます。しかも板書なしで喋った箇所は、いくら会心のトークができても、生徒は「印象的だった箇所」しか覚えていません。なので書き続けましょう。そして書いた箇所メインで、テストにバンバン出していきましょう。僕は絶対、板書なしで5分間喋り続けるようなことはしません。常に手を動かしています。そしてその方が、生徒も90分をあっという間に感じてくれるようです。
新聞を使った授業などの実践方法について教えていただけますか。
もしも新聞記事を使うのなら、それを素材に授業の中で「試験で問われる形のノート」に作りかえる作業をやるのがいいと思います。新聞記事には貴重な情報が掲載されていますが、残念ながら記者は、受験生を念頭に置いて記事を書いているわけではありません。しかも図表は、一見まとまりよく見えて、実は指定された行数に収めるため、かなり無理な圧縮をしていることが多いです。ならば授業で圧縮図表を解凍したり、記事内容を用語集に載っている言葉メインでノート化すれば、相当役立つ上、生徒が自分で記事を活用する訓練にもなります。
時事問題は「いつから」が時事扱いになるのでしょうか。
明確な定義があるわけではありませんが、僕は大体「直近2年分ぐらいの情報」を時事として扱います。なぜならそれらは、用語集や資料集に掲載されていないことが多いからです。ただしセンターでは、時事はそれほど多くは出ません。ですので、もし生徒がセンター系の生徒ばかりの時は「時事は箇条書き程度。それより基礎内容をちゃんと理解できる授業」をする方が、はるかに有益だと思います。
板書内容を構想され、完成されるまでどれくらいの時間がかかりますか。
講義用ノートは、今後も自分の財産となるものなので、相当時間をかけて作ります。僕のノートは、時間配分・用語・前後関係や因果関係・流れがわかる形になっているかどうか・余談を挟むタイミングなども全部書き込んでありますので、90分の授業に対し、倍の3時間で完成することはほぼないです。大体6時間ぐらいでしょうか。60分のテスト解説用のノートだと、さらにあと3時間はかかります。そのぐらいかければ、イメージ通りの授業ができると思います。


岡島 光洋
化学
【7/30(日)実施】

実験には時間がとれません。演習との時間のバランスを難しく感じています。先生ならばどうされますか。
実験は、私などは動画を見せることによって説明をしていますが、本当は各自に操作をさせてこその実験だと思っております。また、失敗の原因なども考察させレポートを書かせることによって考察力がつきます。予備校で授業をしていても、目をらんらんと輝かせて話を聞いている学生は、学校でちゃんと実験をしてきた学生であることが多いです。ただ羅列的に見せるだけでは、生徒は「面白い」ぐらいにしか感じないと思いますから、蒸留、塩素発生と塩素の性質、イオンの分析、アゾ染料合成などの、受験にも大事な実験に絞り込んだうえで、背景や見どころを説明したうえで観察させレポートを書かせた方が、受験勉強を開始した後の伸びが良くなると思います。また、課題としてその実験に関する入試問題をつけて、「これは入試でもためになるのだ」ということを示してやると良いのではないかと思います。細かい実験は、教卓演示か動画をタブレットで見せて済ませるなど、メリハリをつけてはどうでしょうか?
本校では、化学の教科書が3年生2学期後半でないと終わりません。受験指導に際しては、春休みや夏休みにたくさん課題を出した方がよいのでしょうか。
昔、現役専門の予備校でも働いていたとき、そこでは夏期講習で有機脂肪族、二学期で有機芳香族以降を扱うカリキュラムで授業が組まれていました。要するに夏期講習まで取らないと全範囲が終わらず、もし夏期講習を取らなかったら二学期からついてこれないため、夏期講習を取らざるを得ないというシステムでした。学校の都合で夏期講習を取らなかった学生は、実際に二学期以降ちんぷんかんぷんで泣いていました。休み中の学習を前提に、以降の授業をそこに積み上げる方式だと、たくさんの落伍者を生んでしまうと思われます。授業期間中に手薄になった演習を休み中の課題で補充するのであれば、無機化学や有機高分子など、それ以降の学習に影響が出にくい分野が良いと思います。ただし、生徒の意識レベルが高ければ、逆に「これを消化すれば化学は取り返しがつく」として、滴定や係数比=mol比、濃度などの化学基礎を復習する計算問題を集中的に与えてやる方法もあると思います。
理論科学(特に気体)では、式を誘導し、演習を繰り返すというつまらない授業になってしまいがちです。面白い導入や生徒が主体的に考えられる授業の進め方があれば参考にさせていただきます。
これは昨年のワンデイセミナーで行ったのですが、まず論述については皆でキーワードを出し合って、先生がそれをつなげて論述文をつくり(たとえば気体なら状態変化や実在気体)、計算問題については、題意条件を把握するために、変化前後のP,V,n,Tの値を生徒に言ってもらって表を埋めていくということをすれば、全員が緊張感を持てるかと思います。条件把握の数値を埋めさせるところなどは、テレビで難しい漢字を答えさせる番組がありますが、それにならって「早く簡単なところを答えちゃった方が良い」という雰囲気を醸し出せば、生徒も積極的に答えるのではないかと思います。
暗記で済ませる分野と理解を重視する分野について、どんな分野で、どんな割合でしょうか。
学生の志望校のレベルや理解度によっても変わると思います。特に現役生に対しては、ある程度暗記に頼らざるを得ません。浪人生となれば、暗記では受験を突破できないことを身に染みてわかっていますから、「なぜこうなるか」という話について来てくれるようになります。私は浪人生相手の授業では、暗記で済ませる分野は、周期表やイオン化傾向、重要な物質の名前と化学式、無機・有機反応での、どの物質が何と反応してどの物質に変換されるか(そこまで覚えておいて、反応式は組み立てさせます)、色、沈殿、主に単体の常温常圧における状態などです。ただし、必須アミノ酸には何があるかといった重箱の隅的な知識は暗記となります。
どうすれば、良問を見分けることができるようになるのか知りたいです。やはり経験でしょうか。
良問とは、皆で取り組める普遍性の高いものという意味でしょうか?問題を解くときに、何の単元で、何の解法を教える時に使える問題かをイメージすることかと思います。その単元を最初に問題演習するときは、単元をまたぐ総合問題は却下します。題材が1つのテーマに固定している問題を残し、さらに教えたい内容が網羅されているかどうかをチェックします。例えば、飽和蒸気圧ならば飽和蒸気圧のみが出題されている大問をピックアップし、体積一定での冷却による凝縮と、温度一定での圧縮による凝縮が含まれているものに絞り込むとか、グラフを使った問題に絞り込むといった具合です。なお、二学期終盤や冬期など入試直前には、最初の数行を読んでも、どんな解法で解けばよいのかわからないような総合問題を組み合わせるように選んでいます。


畠山 創
倫理
【7/30(日)実施】

センター試験で「サンデル、アドラー」も登場していますが、どの程度までカバーすればよいのでしょうか。アドバイスをお願いします。
基本的には、用語集の赤字、教科書の太字となっている人物を教えることが大切だと思います。確かに聞き慣れない思想家が出題されると、それを後追いしたくなります。しかし、合格ラインは8.5割から9割なのですから、いたずらに教科書の掲載頻度の低い人物をセンター対策において踏み込む必要は無いと思われます。このことは過去問を解いてみると実感できます。重要思想家を丁寧に理解していれば、正解が導けることからも、教科書の太字となっている思想家の重要性が分かると思われます。
倫理的な問題について活発な議論を行わせたいのですが、生徒が問いに対する正しい答えを待ってしまう傾向にあります。何かアドバイスをいただけますか。
セミナーでもお話ししたとおり、即興性のあるテーマや、身近に起こっている倫理的ジレンマ、社会的テーマなど、常に変化に富む題材を考えることが必要だと思われます。また問を発する場合も、実際に映画やドラマ、新聞記事など、具体的事例を数多く提示したり、あえて答えが出ない、或いは二分化するような問いを提示するなどして、決して答えに帰結させることのないように心がけると良いと思います。哲学的議論や問答は帰結を求めるものではなく、あくまでも導入部分において、哲学的問題を共有し、探究するきっかけをつくるものです。答えの出ない問題があることも,哲学の醍醐味です。
50分授業で協働学習の場を作りやすい具体例、テーマ、分野、思想家などをご教授ください。
どちらかというと、西洋思想、とりわけ源流思想と西洋近現代思想に協働学習向けの問があります。具体的にはソクラテス「善について」、プラトン「完全について」、アリストテレス「生きる目的について」、イエス「愛について」、ブッダ「関係性について」がそれです。また西洋近代においては、ベーコン「経験について」、デカルト「理性と生得性について」、カント「認識と人間の道徳的行為について」、ベンサム「10人と1人の命の重さについて」、ミル「政府の規制について」などは、他の質問の回答を参考に、倫理的ジレンマを探して問をたてるとよいと思われます。毎回の授業でソクラテスメソッドを用いることは、時間的に厳しいと思われます。学期の要となる授業の導入で効果的に用いて下さい。まとめについては、レヴューシートの提出を求めることが有効です。
難しい言葉をどう説明するかに悩んでいます。先生はどうされていますか。
まずは哲学の入門書を読んでみることをオススメします。その上で、『哲学用語図鑑』や資料集などを活用して、概念を押さえてください。教科書の記述は非常に良く出来ていて簡潔です。従って教科書だけではなかなか具体例を発見しにくいかもしれません。また受験参考書の場合は、教科書を咀嚼したり、深くしたりするものがほとんどです。これまた具体例に出会うことは難しいでしょう。入門書に関しては、印刷教材にある「参考文献」や、大規模な書店に行くことで、かなり良いものが見つかると思われます。
どうしても暗記を生徒に求めることが中心となり、抽象的な説明になりがちな部分を、どう深い理解につなげるのかに悩んでいます。何かヒントをいただけますか。
この点に関しては、センター対策の問題文や選択肢を研究なさると良いと思います。また大学入試センターが毎年発表している『評価委員会報告書』の「問題作成部会の見解」を通読なさると、その出題意図が理解できます。生徒が暗記に偏ってしまうのは、おそらく配布した印刷教材に用語を穴埋めする作業が多い事に起因するのかもしれません。日頃からセンター試験の正誤問題を授業の最後に演習するなどして、文章全体の中で、用語を把握できるような印刷教材を作ってみて下さい。サンプルはセミナーの印刷教材のスライド部分に提示してありますので、ご参考になさって下さい。


井上 烈巳
合科目(日本史)
【7/30(日)実施】

上住 友起
合科目(世界史)
【7/30(日)実施】

地歴が苦手な生徒、中学時代につまずいてしまった生徒に対し、授業でどうアプローチしていますか。
<日本史・井上烈巳>
苦手意識は教科への嫌悪感につながり、授業に対しても自ら耳をふさぐ態度につながります。元来、生徒には多様性がありますから、授業内容を得手不得手関係なく全ての生徒に合わせるという考えは現実には難しいですね。そんな中で、アクティブラーニングの一環として生徒間の相談や協業を認めた調べ学習をするのは一つの手法かと思います。テーマを一つに限定せずに、複数用意しておけば、苦手なりに自分で学習課題を選択するという行為から始まり、そこに主体性が生まれ、自分が興味を持てそうな文献に手を伸ばす契機となるからです。そのスタートが例え小学生向けの漫画的歴史書籍だったとしても、その生徒の学力に見合っているなら、それを否定すべきではないと思います。

<世界史・上住友起>
一般的な私立大学を目指して浪人する受験生の何割かにそういった学生が含まれています。最初の授業の時に、「世界史は好きですか?嫌いですか?」という質問を行うと「嫌いです」と答える学生も必ずいます。彼らの殆どが歴史を学ぶ面白さ・楽しさを知りません。故にまず、①歴史を知ることの面白さを伝える。②黒板に図式化したものを提示して、歴史をヴィジュアル的に認識できるようにする。③理解できるようになることの楽しさを分からせる。といった努力をするようにしています。①は、「あ~、そうだったんだ~」「あ、そう繋がっていたんだ」と、彼らに新たな発見をさせてあげるために行います。②は、今までプリントの穴埋めなど、用語・年代の暗記ばかりで、歴史そのもののイメージがわく所までに至っていない学生が多いために行います。③は、出来るようになる楽しさを分からせてあげたい一心で頑張っております。
<日本史>日本の歴史に関わるテーマについて、チームティーチング形式の授業の方向性を示していただきたいです。参考にさせていただきます。
<日本史・井上烈巳>
チームティーチング形式の面白さは、教科の多様性や多面性を自然と伝えられるところにあると思います。全く同じ先生が二人居たとしても、それはチームティーチングとして機能しないのでは無いでしょうか。教師も機械ではなく人間なのですから、教師間の意見の相違や教え合いの姿を、ありのままに生徒に見せることによって、生徒が自分自身の視点や意見を持つことにつながると考えられます。生徒自身が主体となった授業形態でなくても、単なる受け身にならずに参入意識を持てる、そんな授業展開がチームティーチング形式には期待できると思います。今回の研修講義でその一端が提示できたなら、これに勝る喜びはありません。
<日本史>内容を精選し、講義に強弱をつけるとすれば、歴史総合ではどうすべきと考えますか。日本史の観点からご意見をいただきたいです。
<日本史・井上烈巳>
研修講義でもお話しさせていただきましたが、歴史は指導する側の思考体系が授業内容に大きく関わってくる科目です。先生自身が重要だと思われる分野に、自信を持って時間を費やして良いと思います。教師の問題意識が伝わらない授業が生徒の興味関心につながるとは思えません。何よりも我々自身が暗記学習の束縛から逃れない限り、生徒の変化は難しいのではないでしょうか。歴史総合の科目自体はまだ準備段階なわけですが、生徒の思考や記述力を重視するという、高大接続教育改革の大きな方向性が新科目にも活かされるならば、網羅的授業ではなく、自由度の高いテーマ学習を評価や受験につなげられる、そんな歴史らしい科目内容を期待したいですね。
<世界史>世界史の専門性をどのように身につけていくべきかについて、教えていただけますか。
<世界史・上住友起>
私は専門書を読みあさったりしておりますが、使えるもの・使えないもの、使える部分・使えない部分が混在しているのが実情です。故に、よくすることですが、高等学校でよく使用されている教科書数冊の、同じ項目を読み比べて、書かれてある事の類似点・相違点を洗い出し、帰納法的に歴史的な見解・解釈を見出すようにしております。教科書によって、書いてある事が微妙に違っていたり、中には歴史的には解釈が古いものや、解釈そのものに難があるものもあったりと、我々も新しい発見が出来て面白いと思います。
<世界史>世界史における各国史の比重の置き方を先生はどのようにされていますか。
<世界史・上住友起>
たとえば、中国などは結果的につなげてしまえば通史となります。それはアメリカ史やフランス史、東南アジアの各国の歴史でもそうなります。故に各国史を意識的に取り入れる事はしておりません。世界史が弱い学生が自ら作ってきた各国史のノートを添削してあげたりはしていますが、通史の講義では各国史を意識して行うことはしていません。それよりもグローバルに世界を俯瞰することに心血を注いでいます。なぜなら、それは学生が自習ではなかなか出来ないからです。彼らが自ら出来ないことを我々がやってあげるべきだと思います。各国史なら図説の巻末の年表などを利用すれば誰でも自習できると思います。故に、各国史に関しては、やり方を手ほどきしてあげて、彼らの手に委ねても大丈夫な気がします。


富田 一彦
英語
【8/5(土)実施】

生徒には長文読解も英作文もすべて全力で取り組むように指導していますが、実際には差のつく問題、差のつきにくい問題があるように思われます。この点について、先生はどのように指導されていますか。
今回のセミナーの最後のところで触れましたが、試験はつまるところ「素点」で合否が決まるものです。簡単な問題で取った1点も、難しい問題で取った1点も、同じ1点です。だとすれば、簡単な問題から順番に合格ラインまで得点した学生が受かるわけです。試験直前期に大切なことは、差がつくかどうか、という個別のことではなく、如何に「解く前に」簡単な問題を見つけ出すか、ということにかかっています。解いてから、やっぱり難しかったでは手遅れなので、易しい問題を探り出す嗅覚が必要になると思います。
入試問題の分析法について、何かヒントをいただけますか。
ある問題の解答方法を正確に検討すれば、その大学が学生にどのような知識を求めているか、どのような知恵を要求しているかが大体わかってきます。こういうのを過去問「研究」というのだと私は学生に常々言っています。単に過去問を解いて、できたのできないのと言っているようでは研究ではないと。例えば、あくまでも一般論ですが、選択肢が4つ並んでいる問題ではその選択肢のうち3つまでは知っていることが期待されている、というようなことを示唆します。一つはわからなくても、知っている3つのどれかが正解なら知らないものは忘れればいいし、3つすべてが違うなら知らないのが正解、と考えればすむからです。でも4つの選択肢に知らない言葉が2つあると、その大学を受けるに足る語彙力はない、と一般的に考えられます。知っている2つのうちのどちらかが答えならよいですが、知っているものがどちらも答えでない場合は、確率五割のコイントスになるからです。
「4技能の統合的育成」と聞いたとき、どのような教授方法を思い浮かべられますか。
まず文法を徹底してやります。ただし、それは単発の表現の羅列を教えるのではなく、体系が頭に入るような整理をして教えます。それから読むこと。これはある意味徹底して「日本語化」させます。出来上がった和訳が生徒の理解のバロメーターだからです。淀みのない日本語が出てこない人は理解が貧弱です。次にそれを逆転しての書くこと。また、読むことから出発して音読、スクリプトを見ながらのリスニング演習と進むでしょう。ただ、何しろ文法がちゃんと入っていないと他のことは何をやっても「オウム」と同じです。
長文読解を授業で扱う際の力点の置き方について何かヒントをいただけますか。
それは、何を目標とするかで変わりますね。ただ、一つだけ言えることは、「言葉が全て」であり、その言葉の意味を「著者の言葉の中から」探り出すという姿勢です。自分がどう思うか、は一切考えさせません。むしろそれが最大の禁忌です。読解は一種の探偵ごっこで、犯人を見つけ出す探偵のような気持ちで言葉に向かい合うことを私は常に学生に要求します。怪しいやつが犯人かどうかは分からない。全く怪しくなさそうなやつが犯人であることも同じ確率であるので、「証拠」だけを使って犯人を追い詰めろ、と言っています。
語彙や文法知識に差が大きいクラスを担当する際、3年生の問題演習中心の授業では、知識量の少ない生徒に合わせることができません。こうした指導に対して何かヒントをいただけますか。
逆に、どこまで知らなくても問題が解けるかを考えてみてはいかがでしょう。変な話ですが、先生は迂闊に知識があるため、それに寄りかかって解いてしまう傾向があります。それを知らなかったら本当に解けないのか、を教える側が詰めてみてはいかがでしょうか。私はいつも学生に言っています。「君たちは次にいつ出てくるかわからない単語ばかり覚えたがる。それでいて、毎日目の前に何回となく出てくるものを知ろうとさえしない。どっちが大事なのか、よく考えてみよう。」一例をあげますと、語句整序の問題では、様々な本の解説に「これは熟語」などと書かれています。では、その熟語を知らなかったら本当に解けないのでしょうか。もちろん解けないものもあります。その場合、その知識は期待されているのだから覚えていないといけません。でも、知らなくても解けるなら、それを「熟語」と教えるのは、教える側の怠慢ではないでしょうか。


藤田 健司
文系数学
【8/5(土)実施】

演習授業を実施してもなかなか力が定着しない生徒に対しては、どのような演習方法がよいのでしょうか。何かヒントをいただけますか。
「なかなか学力が定着しない」と教える側が感じるのは、「教えたことを覚えていない」「実際の問題が解けない」というシーンであると思います。数学の学習は、まず『わかる・理解できる(INPUT)』(その結果、数学の学習が苦痛ではなくなる)ことが第一段階で、次に『自分で解ける・応用できる(OUTPUT)』(その結果、数学の学習が楽しくなる)段階になると考えています。この二つの段階には大きな乖離があり、簡単に第二の段階まで進めるものではないと思います。ですから、最初は「覚えていない・解けない」は当たり前だと考えて、くどいようでも同じ内容を繰り返し説明します(注:同じ問題を繰り返し解くのではありません)。ただし、生徒には授業の復習だけはきちんとさせるようにします(復習の仕方は指導し、必要であればそのための題材も準備しておきます)。生徒のレベル・志望校にもよりますが、受験生であれば遅くとも高3の秋頃までに第二段階へ入れるようにと考えます。
高3での演習の効果を高めるため、高1、2の授業を行う上で心がけることは何でしょうか。
高1、2の授業で大切なことは、生徒の考える力・自ら考える力を養うことであると考えます。中高一貫校でない場合には、とくに高2の学習で扱う内容が多く、知識の詰め込みになりがちですので(注:アクティブラーニング等によって導入部分や問題解決部分では主体的に活動させることはできますが、その結果この解法を覚えなさいと指導すると詰め込みになります)、扱う内容を精査して強弱をつけるなどの工夫が必要であると考えます。また、いわゆる入試のパターン問題の学習は、暗記学習になりがちなので、一通り教科書の内容を学習した後(高3以降)で十分であると考えます。漸化式を例にとると、高2段階で大切なことは、「数列の仕組みを立式化すると、それから一般項を求められること」および「状態の変化や、図形上の点の動きなどが漸化式でとらえられること」を理解させ、自ら活用できるようにさせることが重要です。多くの漸化式のパターンを扱うより、場合の数・確率や図形問題などへの活用を考えさせるべきであると思います。
教科書の内容終了後、入試までに授業で取り扱う問題の選定について何かヒントをいただけますか。
入試の学習においては、「いつ何をどのような形で学習するか」がとても重要であると考えます。具体的には、 1)必ずしも数学 I →数学A→数学 II →数学B→数学Ⅲの順に学習する必要はなく、また教科書の配列順に従う必要もない。 2)一般的な生徒が受験時に得意とする(苦手意識の薄い)分野・項目の学習を優先させる。練習を重ねれば解けるようになる入試のパターン問題の学習も含まれます。 3) 2)にも関連しますが、最初から1つの分野の全範囲をできるようにする必要はない。例えば数列であれば、公式やパターンを用いて解けるものをまずできるようにすることを目標とします。 4)扱う項目ごとに、生徒が自分で学習すべき内容・レベルと、授業で扱うべき内容・レベルを精査して問題を選定する。「生徒ができないから授業では基礎的なことからやり直す」では、入試レベルの学習を生徒に丸投げすることになります。
数学にあまり関心を持てない生徒たちに、数学の楽しさや面白さを伝えることと、確実な学力を定着させることをバランスよく行うことが難しいと日々感じています。何かヒントをいただけますか。
これは、その授業を受けている生徒たちの数学に対するニーズによって変わる話だと思います。例えば、入試で数学を必要とする生徒たちの場合と、入試で数学を必要としない生徒たちの場合では違ってきます(注:後者の生徒たちであっても、数学に関心がもてないとは限りません!)。さらに、「数学の楽しさや面白さを伝える」についても、1)学んだことが実生活で役に立つ 2)学んだことで、パズルが解けたり、ゲームに勝てるようになる などは、「数学の楽しさや面白さ」の本質ではないと思います。個人的な意見ですが、数学は「意味がわかる・理解できる」から面白く、「自分で発見できる・解ける」から楽しいのではないでしょうか。入試で数学を必要としない生徒たちであれば、高校数学の題材にとらわれずに、生徒が意味が分からないまま通り過ぎてきた算数・数学の内容に戻って、わかることの面白さを感じさせることも一つの方法でしょうし、入試で数学を必要とする生徒たちの場合には、高校の内容からあまり離れられませんので、例えば公式を教えずに(使わずに)数学の授業を展開することなども考えられると思います。
大学入学後にも無駄にならない数学の勉強方法について、先生はどうお考えですか。
大学入学後にも必要になるのは、数学的な知識量ではなく、数学的に物事を考える力と問題を解決する力であると思います。多くの大学の先生方も、高校で教える内容の量は減らしてもいいから1つの項目についてじっくり・深く扱って、考える筋道を身につけさせて欲しいと語っています(実際には、いろいろな社会的な要請があり、そのような方向にはなっていませんが)。大学入試の学習になると、とくに中堅レベルまでの大学では解法パターンを暗記させることが得点力への近道になり、そのような指導をすることも必要になりますが(注:それがすべてではありません)、少なくとも高1、2の段階では、扱う内容と程度を精査して必要な部分にじっくり時間をかけることが大切ではないかと考えます。新テストもこの方向ですし、とくに数学Aの整数分野は、じっくり考える力を養うための好材料だと思います(それが今回の学習指導要領で採択された意味でもあります)。


國井 丈士
現代文
【8/5(土)実施】

模試、入試問題について、「分からなくても先に行け」と指導したらよいのでしょうか、それとも精読させるべきでしょうか。先生は生徒にどのように指導されていますか。
生徒の「分からなさ」の見極めがポイントです。小学校から高校までの学習範囲の欠落で「分からない」のであればそれなりの指導が必要だと思います。しかし、そうでない場合は、学習範囲(選択科目を除く全教科)から出題されていないために「分からない」のかの見極めが肝要です。難関私大の問題文に多いのですが、哲学や心理学や政治学など、注もなく、「倫政」などの教科を越えた内容がある場合は、精読の必要はないと思います。哲学用語だとか、心理学の内容だとか、政治史などを教えてしまうとかえって指導の目的を見失うことにもなりかねません。このような問題文は踏み込んだ内容よりも、国語の読解力で処理できるように配慮されていますから、専門的な内容に踏み込んだ指導をすると、かえって指導目標を見失ってしまいます。
センター試験の現代文は本文を読み終えてから解答するのか、読みながら解答するのか、どちらが良いのかと生徒から質問されたらどう答えますか。
センター試験の問題形式はなかなか工夫されていて、読みながら順序よく解いていくことで正解が導けるようになっています。したがって、生徒には「高校の授業をイメージしなさい」とよく授業で言います。教師側が生徒に発問したいところに傍線が引いてあるのです。語句の辞書的な(専門的ではなく)意味を捉え、意味段落を捉えながら読み・解くのが正攻法ではないでしょうか。
日常の授業活動内の演習と、短期講座での演習にどのような変化、差異を作るべきかが、うまく整理できていません。何かアドバイスをいただけますか。
短期講座の演習では何らかのコツがあります。理数系の科目や社会の場合は演習でわからないことがあれば教科書に戻れるのですが、国語はいくら教科書を開いてもそれがないわけです。短期講座の場合は、教科書の代わりに、マニュアルのようなものを生徒に作らせながら指導していくといいと思います。主語と述語の関係とか、終助詞のニュアンスだとか、細かく分けると百項目くらいあります。それでも数学と比べるとはるかに少ないです。ちなみに、古・漢であっても設問や解答は現代文でするわけですから、マニュアルには現古の区別は、特殊な場合(書き下しなど)を除いて、しない方がよいと考えます。
本校の生徒は「自分の頭で考える」ことを嫌がります。「教員の正解を暗記する」スタイルの学習がメインです。「自分の考えたことを自分の言葉で表現する」ための指導法について何かヒントをいただけますか。
これは国語の領域というより、学校生活の領域です。高一の時は、目が輝き生き生きしていた生徒が、学年が進むにつれどこか倦怠感漂うような生徒になってしまうことがあります。校則をはじめとして学校生活全般が教師主導になってはいないでしょうか。私の世代は小学校からどこか軍隊のような(行ったことはないけど)雰囲気があって、生徒は心の中で「いつか見返してやる」とか「今度は見つからないようにいたずらしてやろう」とか結構ファイティングポーズをとっていました。しかし、今の生徒たちはファイティングポーズではなく萎縮してしまうようなところがあると思います。生徒への「示唆」と「うながし」を私の場合は心がけています。
この4月に教員になったばかりです。現代文の授業に関して、生徒が意欲的になれるような授業展開がまだ明確になっておらず悩んでいます。何かヒントをいただけますか。
還暦まであと数か月のボクがあなたのようには授業できません。若いあなたは私のような授業はできない。できたら「カッコ悪い」です。人に何かを教える仕事というのは、その年齢にしかできないやり方というものがあるのではないでしょうか。自信をなくす必要もないし、かといって背伸びする必要もないのでは。大事なことは、自然体の自分を見せ、毎日、生徒の顔を見るのが嬉しくてしょうがないこと、職場が大好きなこと、これを忘れなければ必ず生徒はついてきます。生徒が教師を信頼すれば授業もきっとうまくいくはずです。私のような予備校講師は生徒と週一回しか顔を合わせませんが、高校教師は毎日のように生徒と接することができる、これはとっても幸せなことだと思いますよ。


宮路 秀作
地理
【8/5(土)実施】

「受験としての地理」だけでなく、「将来、多角的な視野を持つための地理」としての授業を、時間の制約の中でどのように展開するかのヒントをいただけますか。
個人的には、「受験としての地理」と「将来、多角的な視野を持つための地理」に相違があるとは思いません。本来、「学ぶ」ということは、知見を広げることであり、その知見が多角的な視野をもつこととなります。ですので、「受験勉強」と「将来役に立つ知識」は分けて考える必要はなく、むしろ教える側の人間が、「こういう場面で役に立つ!」ということを明示することが大切なのだと思います。実際にその意識で教科書を読んでみると、それを意識できるような作りになっていることがほとんどです。授業では概念的な話、そしてその具体例を提示します。いつしか子供たちが、「あのとき習ったこれは、こういうことだったのか!」と驚くことがあると思います。そこで授業は初めて完結します。そのためにも、多くの知見を子供たちに授ける授業を心がけることが大切だと思います。
論述が初めての生徒に対しては、まずどのようなことからアドバイスされますか。
論述問題を解く際に、最も重要なことは、「採点者に、一発で意味が伝わる文章を書くこと」です。そのため事象を的確に表現していくことが求められます。しかし、生徒は「知っていれば書ける」と思い込んでいます。そのため指導する側は、問題を解説するだけに終始してしまう傾向がありますが、これでは生徒たちは文章を書けるようにはなりません。また出題者と同じスケールを持つことも重要です。「ある日の東京の気温上昇が著しいのはなぜか?」という問いに対して、多少なりとも影響があるとは思いますが、「地球温暖化」を書くわけにはいきません。やはり東京というスケールで問うている以上、ヒートアイランド現象について言及すべきです。このように文章として正しいことを書いていても、「出題者が要求したことに触れていない文章」は点数に結びつきません。これもまた、生徒に欠けている認識です。これらを繰り返し伝えて正してあげることが大切だと思います。
「地理は歴史と違ってストーリーがない」という生徒が多くいます。地理の魅力を生徒に伝えるためのおすすめの方法があればご教授ください。
地理にもストーリーはあります。歴史というのは各時代の地理の積み重ねです。ということは、地理にもストーリーがあります。ただ、それを時系列で追うストーリーではなく、空間系列で追うストーリーです。地理とは空間認識を広げる学問ですので、そこを意識して授業をされると良いと思います。現代世界を学ぶことこそ地理です。ほぼ同時期に、各地域で何かが起きていて、それらが関係性を持って初めて世界が作りだされます。教える側がこれを意識しているか否かが最も重要であると思います。
自然地理の分野をどのようにしたら生徒に興味を持ってもらうかに悩んでいます。何かヒントをいただけますか。
自然地理を学ぶことは大変面白いものです。しかし、生徒たちには無機質なものと映るかもしれません。そもそも、高床式住居が存在するのは、熱帯地域においては高温多湿であり、床下に湿気が留まらないようにするため、野獣や洪水の害を防ぐためにあります。また屋根を急傾斜にして、降水が流れやすいようにもしてあります。このような住居の特徴は自然地理に制約を受けて、それに最適な形で作り出されたもののはずです。要するに、自然地理を教えるというよりは、人文地理を理解させるための手段として自然地理があるという位置づけで伝えてみてはいかがでしょうか。興味を持って貰うきっかけになると思います。
地理のセンター試験対策としては、夏以降、どのような対策をしていけばよいのでしょうか。
センター試験対策でもっとも重要なことは過去問演習であると思います。その際、単に解いて得点状況を確認するのではなく、「まぐれ当たりを減らす」ことも目的の一つでなければなりません。そこで、答え合わせの際に、「正当に至る過程が正しいかどうか」をチェックします。根拠があいまいなものは誤答として、考え方・解き方を正します。これを繰り返すことで、センター試験特有の問題の解き方が身についていくと思います。「地理B本試」だけでなく、「地理B追試」、「地理A」も演習すると良いと思います。


森谷 慎司
理系数学
【8/6(日)実施】

単調な授業にならないための工夫などはございますか。
授業で伝えたいことを、生徒にどう見せるか?どのような流れで話していくか?演習をどのタイミングで入れていくか?事前に授業シナリオをイメージして授業に臨んでいます。若い時は、問題解説の合間に何を話して笑わせようかと事前に考えていましたが・・・(笑)
数Ⅲの内容をいつ頃終わらせるのが良いのでしょうか。また、 I A II Bとの学習のバランス、ならびにセンター試験対策とのバランスについてヒントをいただけますか。
夏休みに微積分の提携問題の演習と計算練習をしたいので、少なくとも微積分は夏前に終わらせたいところです。それができれば2学期からは、数Ⅲと I A II Bの演習を3:2ぐらいで行けると思います。理系の学生の場合、2次試験の勉強をしっかり行っていれば、センター試験は取れるはずですが、どういう話題が出ているかの確認は必要です。2次試験の問題を扱った際の類題として、センター試験の過去問を扱っていけば、効率よく学習できると思います。
問題集を解かせて、解説をしても、生徒の力がついているように感じられません。どういった時に生徒の力がつくとお考えでしょうか。
広く浅く授業で演習しても、本当の力はつきません。広く浅くは演習書などを課題にして生徒に任せ、授業では、各分野の核となる重要な概念を深く勉強し、その背景や関連事項を体系的にまとめてあげるのが良いと思います。いろいろな考え方が自分の中で「つながった」時、本当の力がつくと考えます。
「データの分析」の指導法に不安を感じています。何か指導方法のヒントをいただけますか。
分散や相関係数などの公式をただ覚えて使っている生徒が多いのが現状です。これでは問題を解いていても面白くないのではないでしょうか。なぜそのように定義するのか?重要なのは、定義の意味やイメージを生徒にしっかり伝えることだと思います。偏差値などの実例も交えて、意味がしっかり理解できれば学習意欲も湧くと考えます。
教科書を一通り終えた後、入試に向けた演習をスタートさせる際に扱う問題の選び方を教えてください。
1、2年での学習では、公式や定理の使い方がメインになりがちで、習った内容も忘れている生徒が多いです。3年の初期指導期には、もう一度基本概念を根本から与え直すことが必要になります。ただ公式を当てはめる問題だけでなく、一度習ったからこそできる基本概念を根本から理解できるような問題を選定してあげるのがベストと考えます。


梅澤 聖京
古文
【8/6(日)実施】

北澤 紘一
漢文
【8/6(日)実施】

基礎事項の定着を生徒の自学自習に任せられない傾向が年々強くなっているように感じます。生徒が自ら学習に向かうような意識づけ、そのための声掛けをどう行っていけばよいのか、何か良いアドバイスをいただきたいです。
<古文・梅澤 聖京>
私どもは大学受験予備校ですので「大学合格」という目標を達成するための一科目としての「古文」ということで生徒に指導することができる分、動機付けがしやすい環境にありますが、同様のことを強く感じており、いまだ試行錯誤の日々であります。人間誰しも意味のないことはやりたくないものでしょうから、まずはその「基礎事項」がなぜ必要なのか、それを身につけると何ができるようになるのかを見せ、基礎事項の必要性を納得させることから始めるようにしております。その際気をつけるべきは、生徒のレベルにもよるとは思いますが、膨大な知識体系(特に文法)を見せないようにすることでしょうか。有用性の高い項目に絞って、簡単に申しますと「これだけ覚えただけでこんなに読めるよ」と生徒に示すことで学習の「とっかかり」をつくってあげたらいいのではないかと思います。何事も「わかる」→「楽しい」→「やってみよう」となるものではないでしょうか。

<漢文・北澤 紘一>
受験というモチベーションを持った予備校の生徒においても、基礎事項の習得を生徒の自習に委ねますと成果が上がりません。小テストを行う、定期考査の範囲に含める等の処置をしても、生徒は「やらされている」という感覚に陥り、学びに向かう姿勢を引き出すことは難しいでしょう。
私は、基礎知識事項の習得から復習・定着支援までを授業中に行っております。本文中に登場した時点で知識事項を紹介し、本文読解に必要なものであると意識づけます。知識事項単独での学習となりますと、句形の羅列となり、生徒の学ぶ意欲を引き出せません。既習事項が再登場した際には、生徒の反応から定着度を判断し、必要であれば再度紹介して定着支援を行うようにしております。授業で一定量の知識が身につき、自分で「読める」と感じられるようになれば、自発的により多くのことを習得したいと考える生徒も出てくるものと思います。
<古文>古文の授業にひと味加えたいと考えています。何か「これは面白い」という工夫・展開例等はございますか。
<古文・梅澤 聖京>
これは授業中にも申しましたが、やはり古文(に限らず語学科目)はまず「読める」ようにすること、そしてとりわけ古文は「話」を追う文章を読む方が圧倒的に多いと思いますので、その場面、状況を「映像化」せよと指導いたしております。指導者が演じてみせてもいい(先生のキャラクターにもよると思いますので無理なさらない範囲で)でしょうし、予備校ではできませんが、生徒にグループワークのようにさせて寸劇、マンガなどの形で発表させてみても面白いかと思います。苦手にする生徒の多い和歌もこのような感じで「ハードル」を下げてあげるといいかもしれません。とにかく嫌いな生徒が多い古文ですから、生徒の興味を惹き、かつ実用性のある手段を考えたいものです。それが自主的な学習へとつながるものだと思っております。
<古文>逐語訳をした方が良いのか、大まかな意味だけをつかめればよいのか、先生はどのように指導されていますか。
<古文・梅澤 聖京>
傍線部解釈の設問はやはり逐語訳を基本としますので、逐語訳はできないと困るのですが、そればかりでは生徒も嫌になってしまうでしょうし、「読める」というのは逐語訳ができることだという「誤解」を与えることにもなってしまうと思います。逐語訳も大事ですが、木を見て森を見ずにならないようにさせたいものです。私は、授業でご覧いただきましたように、古文は日本語なので基本的言語構造は変わっておらず、現代日本語の意味をつかむのと同じように古文を読めるようにさせるために、色・記号を用いて生徒に作業をさせるようにしております。品詞分解のようではあるが、ただの品詞分解ではないというところを分かってくださった先生もいらっしゃいまして大変うれしく思いました。そもそも千年以上前の日本語を「日本語」として読むことができるというのは大変すばらしいことであり、我が国の誇るべきものであることももっと伝えてかなければいけないと思います。
<漢文>全文の現代語訳や書き下し文をノート等に書かせる作業はどのくらいの時期まで必要だとお考えですか。
<漢文・北澤 紘一>
まず授業時においてですが、授業中生徒に、講師による訓読、講師が紹介する現代語訳を書き取ることは課しておりません。全文一律の作業になりますと、「何が重要か」が不明瞭になり、メリハリのない授業になってしまいます。また、現代語訳を書き取らせますと、生徒が、訳した結果を聞き取ることに必死になってしまい、なぜその訳になるのかの過程を考察する機会を失います。授業中の作業は、人物の整理等、書き取り以外のことが良いでしょう。
次に家庭学習・予習時においてですが、学習の初期において、全文の書き下しや現代語訳は、生徒にとって大きな負担となります。その時点では解決できないことに多大な時間をかけることになり、また達成感も得られず、生徒が科目を嫌いになるきっかけになりかねません。予習時に書き下し・現代語訳を課すのであれば、希望者のみか、2・3年時など学習後期の方が良いでしょう。家庭学習を課すのであれば、漢和辞典を引いてもらうのが良いと考えます。
<漢文>最近は「コスパ重視」の生徒が多いようです。こうした生徒に対して、漢文にどう親近感を持ってもらい、モチベーションを高めるかのヒントをいただけますか。
<漢文・北澤 紘一>
漢文を、「中国のお話」「古代中国の文章を日本の古語として読むもの」としてしまうと、現代の合理的な生徒の心には響かないものと思います。漢文が「日本で使用されていた言語」「東アジア共通の文語」「現代日本語のルーツ」であるという面を強調して指導すると良いでしょう。日常的に使用する熟語を漢文訓読して紹介する(例:抽象=象を抽く)、五箇条の御誓文等、原漢文・漢文訓読文の日本史資料に触れる、有名な故事成語の原典を教材として使用する、等が有効であると考えます。高校生には故事成語など馴染みのないものかもしれませんが、年配者とコミュニケーションを取る上で必要であると諭すのも良いでしょう。
受験に向けて漢文を学ぶ生徒には、センター試験での50点が大きいこと、その割に覚えるべき知識事項が少ないことをお話になれば良いかと存じます。

古文テキスト[書き込みサンプル](PDF)


鈴川 茂
生物
【8/6(日)実施】

板書やプリントを作成される際、先生はどのような工夫をされていますか。参考にさせていただければと思います。
押さえておくべき内容の重要度の違いによって、チョークを色分けすることを意識しながら板書案を作成しております。1番目に大事な色=黄色、2番目に大事な色=赤色…といった具合です。授業後、生徒が板書ノートを見たときに、授業内容が再現できるように意識して板書させるようにしております。また、黒板をパネルで区分けし、各パネルごとの板書内容をあらかじめ決めておきます。1パネルにつき、5~6行以内に抑えるように“大きい文字”で板書するよう意識しております(“大きすぎる”くらいのイメージです)。あとは、本セミナーでご紹介させていただきました「鈴プリ」を授業後、生徒に解かせ、“授業で扱った範囲”の知識の確認をさせるようにしております。これで、授業内容の定着率が一段と高くなることを日々の指導の中で実感しております。
入試問題の中には、教科書以外の事象について、「思考して解かせる」問題が多く見られます。こうした問題への対応方法についてヒントをいただけますか。
“なぜ”そのような考え方になり、“なぜ”このような表記をする必要があるのかを、リード文と解答とのつながりを強調して指導していきます。私の解答に至るまでの思考回路の順番をすべて黒板に明示していくことをなるべく心掛けております。生物の問題では、“図やグラフや表などの結果から、そうなるまでの途中過程における現象”の思考を求められることが多いため、答えを知ってしまった生徒の多くは、その問題の解法までも分かった気になってしまうことが多いです。私は普段の授業で、生徒自身に直接、解答に繋がる肝となる箇所に色ペンでチェックさせて、“ここから何が言えるか”も書かせ(そこに①や※と書かせます)、次に、また別の肝となる箇所に、“①や※から何が言えるか”を書かせます。このようにして、思考していく上での“考えていく順番”や“考え方”を生徒に明確に伝え、私の頭の中の考えをなるべく具現化した板書を行っていきます。
アクティブラーニングを取り入れた授業の進め方と、入試の対策をどうリンクさせて授業を行うかに悩んでいます。何かヒントをいただけますか。
本セミナーでご紹介した方法を改めてご説明させて頂きます。生徒に実際の入試問題を、アクティブラーニングの授業の1週間ほど前から提示し、生徒どうしで協力させながら問題を解かせます。アクティブラーニングの授業で生徒達が答えを発表する際には、“なぜ”そのような考えになったのかを言わせるようにします。そのアクティブラーニングの問題を生徒が解くためのヒントをあらかじめ普段の授業中の板書に散りばめておき、私がアクティブラーニングの問題解説をする際には、“こういう意図があってこの時このような説明をしたんだ”という、明確な根拠を示します。その場限りでの教え方ではなく、先を見据えた教え方を意識することで、生徒自身のやる気アップにも繋がっていくと考えております。このようにすることで、普段の板書授業とアクティブラーニングの授業を効率よくリンクさせることができ、授業と入試問題との関連も強く示していくことができます。
定期試験は真面目に授業に取り組んでいるので点数は取れるが、模擬試験や入試になると結果が出ない生徒に対して、どう指導したり、考えさせたりしたらよいのでしょうか。
定期試験前だけ集中して勉強させるのではなく、教師から生徒へ、積極的に普段から勉強の意識づけをさせることが一番大切であると考えております。私は、生徒が板書授業を受け、そこできちんとノートをとれば、その授業の「鈴プリ」を“すべて”自分自身で解ける状況を作るように意識しております。教科書傍用の問題集だと、どうしても私の意図しない問題が記載されていることがあるため、私はあくまでオリジナルの問題集を復習用教材として使用しております。そして、“次の授業までにここからここまでを解いてくるんだ”というラインを明確にしておきます。「鈴プリ」を毎回の授業後に完全制覇させること、そこを主眼として授業運営を行い、生徒に問題を解かせるというレールを教師側から積極的に敷いていくことで、生徒自身の自学自習を促しております。
中堅校において、理科系の力を伸ばす指導のポイントを教えていただきたいです。
「問題を解かせる」ことで生徒自身のモチベーションを高め、生物を好きにさせていくことが一番の近道であると考えております。例えば、生徒に計算問題を解かせるのが目標である場合、その典型問題の解法を授業中に丁寧に解説していき、「これが解けたら大丈夫!」という基準を生徒に示し、その類題を解かせます。その際、類題を自力で解いた生徒自身に学力アップの実感を持たせることで、モチベーションが上がっていくと考えています。また、知識問題が多く取り上げられる単元の場合、授業中に「ここが大事!」と強調したところが多く出ている問題を解かせます。生徒に、「先生の授業を受けたから、この問題が解けた!」と思わせることをかなり意識して、私は授業計画を立てています。問題が解けるようになったら「生物が楽しい!」と感じてくれる生徒が増え、結果的に受験に対応できる実力も伸びる生徒も増えていくと思います。


佐藤 幸夫
世界史
【8/6(日)実施】

新課程での「歴史総合」に対して、世界史教員はどのような対策・勉強をしていけばよいのかについて、先生のお考えをお聞かせください。
知識面においては、現行の日本史の近現代史を教科書レベルにできるようにしておく必要はあると思います。一方、ナポレオン以降の近現代史において、今以上に日本と世界の関わりを取り入れて、授業の構成を組み立てておく必要はあると思います。しかし、これはあくまでも諸先生個人個人の力量の問題であり、最も大切なことは、待ち構える「歴史総合」という科目を日本史講師主体の授業としないことです。
今回の歴史教育の改革は、世界史という科目をないがしろにしたものであり、世界の古代~近代などは基礎レベルであっても日本人には必要ないといっているかのようです。この改革の方向に進むのであれば、せめて、この「歴史総合」という科目を世界史講師が担当し、少しでも過去の世界史の重要性を教えていかねばならないと強く思っております。
先生は、「大学受験合格」と「世界史を通じて本当に学んでほしいこと」をどのように融合させながら、授業をされているのでしょうか。
我々予備校講師は、合格させてなんぼの職業です。そのために、いかに世界史を勉強してくれるか、世界史で点を稼いでもらうかを、試行錯誤しながら講義の準備をしています。その中で、子供たちの心に響くものは、ただの歴史の羅列ではなく、歴史の人間ドラマである点ではないかと思います。
試験での頻出部分を無視することなく、子供たちが少しでも長く記憶にとどめてもらえるように、印象的な話し方をしていくこと、ここに、「歴史の教訓」(なぜこうなったのか、こんな人の結末、この事件の意味など)が重要になるのではないかと思っています。決して、入試と学んでほしいことを切り離さず、関係づけて話ができるかがポイントでしょう。
一つの単元に時間をかけすぎてしまうことがあります。教えることが多くある中で、どのように簡潔な授業を作っていくかのヒントをいただきたいです。
「教えることが多い」のではなく、「教えたことが多い」か「教えなければいけないと思っていることが多い」なのだと思います。概要は板書で、詳細はプリントでという講義形式を定着するために、いかに板書される全体像で、子供たちがどう覚えればいいかわかる授業の工夫が必要かと思われます。単元を捨てるのではなくて、すべての単元をいかに浅く・頻出用語だけをチョイスできるかが講師の腕に掛かってきます。
教え終わらないからといって、ある単元や地域を完全に抜いてしまうことは、子供たちの好き嫌いを作ってしまう可能性があるので注意したいところです。
生徒の興味関心を高めるために、先生は情報収集やネタ集めをどのように行われていますか。
「歴史は繰り返す」とよく言われます。これは、大きな世界的な事件が、同じように何度も起こるという意味だけではないと思っております。つまり、身近に起きているちょっとした出来事や身近に関わった人物などが歴史に登場したある事件・人物に似ていたりすることが多いということです。
特に世界史は、歴史的な事件や人物に多様性があります。我々世界史の講師が最も大切にしなければいけない事件の因果関係が、身近に起きていることに置き換えられるようなモノの見方が必要ではないかと思っております。無論、聞く側の立場や状況を考えて言葉を選ぶ必要性はマストですが、ネタ作りは、ここにあるのではないかと思っています。
文化史が知識の羅列になってしまい、ストーリーで教えることができません。何かヒントをいただけますか。
文化史を単元別に教えれば、だれでも知識の羅列になってしまいます。しかし、試験は単元別に出るとは限りません。例えば、ギリシア~ローマの哲学史、中世~近代までの教会・宮殿建築史、近代政治思想史、17~20世紀の科学史、儒教・儒学史、宣教師と中国史などです。
単元別の知識の羅列は、プリントなどを使用し、それぞれの用語の試験の出方を交えながら解説していきますが、その時々に、板書を使って、前述したような「文化テーマ史」を入れていくと生徒へのメリハリが付くと思います。
単元ごとに写真や絵画の説明を入れたりする工夫も有効ではないでしょうか?