▼生徒による授業評価〜現況と課題
■生徒は授業を評価できるのか。
授業アンケートを導入するに当たっての、否定的な反応のひとつは教員の序列化につながるのではないかというものであるが、もうひとつは、生徒は授業を正しく評価できるのかという不信に近い疑念である。
前者について先に片付けておく。結論から言えば、授業アンケートの結果だけをもって教員を序列化することはできない。生徒は、授業を評価するに当たり、それまでに受けてきた授業の「平均像」との比較において、「よい」「普通」「悪い」という直感的判断を行なうに過ぎない。優れた授業者に習う機会を多く持った生徒と、あまり上手くない教員の授業ばかり受けてきた生徒とでは、同じ授業を見ても異なる評価を与える。同一性が保証されていない尺度で得られた測定値をもって、対象を序列化する愚を冒してはならない。
では、生徒は授業を評価できないのか。教師として満たすべき技術的・学術的な充実度合いという観点での絶対評価は、評価の訓練を受けていない生徒にとっては不可能であるが、授業という場における“自らの関わり”を視点とした、相対的な評価は可能である。ここでいう「相対的」というのは、A先生とB先生のどちらが優れているかという単純なものではなく、学習者としての経験から無意識のうちに形成された「平均的授業像」との比較において行なわれるという意味とご理解いただきたい。
たとえば、「先生は十分な準備をして授業に臨んでいますか」「先生は先端の指導技術を学ぶことに熱心ですか」といった“自らとの関わり”という視点以外での評価をさせるのは容易でない。一方、「この授業を受けて、教科・科目に対する興味を持てるようになりましたか」や「学力の伸長を実感できますか」「勉強方法について十分なガイダンスが行なわれましたか」などは、生徒が、自らの利益、変化に視点を置いて行なう評価であり、かなり信憑性の高いデータが得られる。実際に研究授業などの場で経験してきたことであるが、後者のような質問群では、授業評価を生業とする私たちの評価と、同じ場で生徒のアンケートをとって算出された評価とでは、かなり高い相関が示される。
生徒による授業評価は、ここまでに述べたとおり、直感的・相対的なものであるから、同じ教師が別のクラスで授業アンケートをとっても同じ評価にはならない。全体に評価が低く(辛く)出るクラスもあれば、高く(甘く)出るクラスもある。しかしながら「板書は整理されていてノートが取りやすいですか」「生徒の発言に耳を傾け、公平に接してくれますか」といった具合に、観点を絞って質問すると、項目間の優劣についてほとんどブレは見られない。板書に問題を抱える教員は、いずれのクラスでも板書への不満がアンケートの結果に表れる。
一方で、甘い先生は生徒の人気が高く、授業の評価も高くなるのではないかとの懸念も耳にする。一度アンケートをとっていただければ分かるが、甘いだけの先生に対しては「この授業は学力の向上に役立ちますか」などの質問項目で、厳しい評価を受けることが多い。要は質問項目の立て方ひとつである。前にも述べたが、最近の子どもたちは“消費者”である。投資に見合ったリターンがないと、そっぽを向くシビアさも十二分に身につけているようである。



本文印刷
サイトマップ
ホーム